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オゾン−オレフィン反応と植物枯死に関する3つの論文
1."Reactions of Criegee Intermediates in the Gas Phase" Shiro Hatakeyama and Hajime Akimoto, Ressearch on Chemical Intermediates, 20, 503-524 (1994).
2."Production of Hydrogen Peroxide and Organic Hydroperoxides in the Reactions of Ozone with Natural Hydrocarbons in Air" Shiro Hatakeyama, Haiping Lai, Shidong Gao, and Kentaro Murano, Chemical Letters, 1287-1290 (1993)
3."ミストチャンバーによる気相ヒドロペルオキシドの捕集” 畠山史郎,頼海萍,高世東,村野健太郎,日本化学会誌,998-1000 (1993)

論文紹介

畠山 史郎

 オゾンといえば,光化学スモッグの中で中心的な役割を果たす化合物であるが,そればかりではなく,成層圏オゾン層の問題,対流圏オゾンの温室効果ガスとしての重要性,NOxやSO2の酸化による硫酸や硝酸の生成に係わる酸化性物質としての重要性など,地球環境問題においても様々な役割を果たしている。オゾンが大気中で示す反応は多岐にわたっている。特に炭化水素との反応は非常に重要である。中でも,植物が大量に放出している天然の炭化水素は大部分がオゾンとの反応性の高いオレフィンであり,これとオゾンの反応は地域規模,地球規模の大気環境問題に密接に関係している。オゾンと種々のオレフィンとの反応,およびオゾン−オレフィン反応によって生成する中間体(Criegee中間体と呼ばれる)の反応は筆者が当研究所に入所以来取り組んできた主要なテーマであった。

 論文の1はこのオゾン−オレフィン反応によって生成するCriegee中間体の示す反応に関する総説である。この中間体は種々の反応の生成物分析等で,その存在が示唆されていながら,いまだに分光学的に捉えられていない希有な非常に興味ある化合物である。最初に提案されたときは,液相において CH2=O+-O-のようなイオンとされたが,気相では・C2OO・のようなビラジカルであると考えられている。このラジカルは非常に反応性が高く,驚いたことには水蒸気とも反応し得るのである。数々の反応をこの論文では紹介しているが,我々が明らかにした反応としては,まず,(1)水蒸気との反応で付加中間体を形成した後,ギ酸と水に分解する反応が挙げられる。この反応はバックグラウンド地域における降水中で主要な酸性物質である大気中のギ酸の生成反応として,最も重要であると考えられている。(2)SO2との反応によって硫酸を生成する反応の機構を明らかにし,反応するオレフィンによって硫酸の収率が異なることを明らかにした。(3)そして論文2の主題でもあるが,水蒸気との反応によって分解生成物のギ酸だけでなく,付加体のヒドロキシメチルヒドロペルオキシド(HMHP,HOCH2OOH)を生成する反応があること,等である。

 論文2は今述べたように,オゾン−オレフィン反応によって生成する過酸化水素や,HMHP,メチルヒドロペルオキシド(MHP,CH3OOH)等の過酸化物の生成機構に関する速報である。内容積4m3の大型チャンバーを反応容器として用い,論文3で紹介したミストチャンバー法で生成物を水溶液として捕集した後,過酸化物のみを蛍光検出器付きの高速液体クロマトグラフにより特異的に高感度で分析して,反応機構を明らかにした。

 論文3は水溶性のガスを水溶液として捕集するために用いるミストチャンバーの概要と,ヒドロペルオキシドの捕集に応用する際の注意点について報告した短報である。ミストチャンバーは図のような構造で,霧吹きの原理でノズルの先に発生した霧に空気中の水溶性ガスを溶け込ませ,捕集する装置である。上方にセットしたテフロン・フィルターによりガスは通過するが霧の水滴は通過せず,捕集液溜に戻る。通常用いられるインピンジャーに比較して空気の流量を大きくすることができ,捕集効率はこれと変わらない。

 さて,論文2の主題に戻るが,オゾンとオレフィンが反応すると,Criegee中間体が生成する。これが水と直接反応することにより,HMHPや過酸化水素が生成する。同時に放出されたメチルラジカルは酸素と反応してCH3OOラジカルとなった後,HO2ラジカルと反応してメチルヒドロペルオキシドを与えるものと考えられる。イソプレンの場合で説明すると,

O3 + isoprene → CH2OO + HCHO + CH3 + other products (1)
CH2OO + H2O → [HOCH2OOH] → HCOOH + H2O (2a)
CH2OO + H2O → [HOCH2OOH] → HMHP (2b)
CH2OO + H2O → [HOCH2OOH] → H2O2 + HCHO (2c)
CH3 + O2 → CH3OO (3)
CH3OO + HO2 → CH3OOH + O2 (4)

のようになる。

 最近日光や丹沢など首都圏をとりまく山々で樹木の枯死が問題になっている。原因はまだ確定的ではないが,我々は首都圏で放出された大気汚染物質が輸送の途中で光化学反応を受けて種々のオキシダントや酸性物質となり,ガスとしてまたは霧水に溶けて酸性霧として植物に吸着され,被害を及ぼしているのではないかと考えている。光化学オゾンが森林地域に到達すると,樹木が大量に放出しているイソプレンやテルペン類と反応し,上記のようなヒドロペルオキシドや過酸化水素を生成する。過酸化水素の毒性は従来よりよく知られている。またヒドロペルオキシドも植物に対する毒性は,オゾンそのものより高いのではないかとの指摘もある。関東平野内の社寺林の杉の被害を調査した結果では,被害はオキシダント濃度と密接に関係し,かつ降水量とも関係のあることが報告されている。このような観点から,今後植物被害と,オゾン−オレフィン反応によって生成する過酸化物の関連を調査していくことが必要であろう。

(はたけやま しろう,地球環境研究グループ酸性雨研究チーム)

図  ミストチャンバーの概要