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“A numerical study of nonlinear waves in a transcritical flow of stratified fluid past an obstacle”Hideshi Hanazaki:Physics of Fluids A-Fluid Dynamics,4,2230-2243(1992)

論文紹介

花崎 秀史

1.内部重力波とは?

 大気や海洋中には,普段の生活で我々が直接に肌では感じることのない,人間の大きさよりもずっと大きなスケールの波が混在している。そして,大気や海洋中の“波”という場合,それは空気(海水)の流れ全体の“波打つ蛇行”のことである。この論文で扱っている“wave”は,そのうちの“内部重力波” である。この内部重力波は,大気でいうと10〜数100kmの水平スケールの現象に強く関与し,大気汚染物質の循環に大きな影響を与える。さて,“重力波”というと,テレビによく登場する,天文学や素粒子論の一般相対性理論を思い浮かべる諸氏が多いかも知れないが,ここでの内部重力波とは,釣りの浮きと同様,浮力によって生じる上下振動のことである。大気,海洋の場合,流体の鉛直方向の密度差(論文の題の“stratified fluid”)が“浮き”の替わりとなる。また,浮きの場合は鉛直運動だけを考えればよいが,大気(海洋)の場合,それに水平方向の流れが重なるので,sin,cosの正弦波のような“波”となる。ちょうど,浮きが海流に流されながら上下振動していると考えればよいわけだ。ただし,浮きが上下動を始めるには何らかのきっかけが必要である。魚がえさをつつくと,浮きは平衡位置の上下に振動する。大気や海洋の場合,山岳(海嶺)に風や海流があたると内部重力波が生じる。富士山などの山の周辺にできる様々の形の雲は,内部重力波の波頭に対応している。また,海底地震により海底の隆起が起こると,海面を津波が伝わり,同時に海中を内部重力波が伝播する。津波は内部重力波と友達なのだ。大気中の内部重力波は,鉛直上方に伝播して成層圏にも満ち満ちており,高層の大気,ひいては,‘重力波抵抗’として,地球規模の大気大循環にも大きな影響を与える。

2.非線形とは?

 さて,論文の題にある“nonlinear(非線形)”とはどういう意味であろうか?波の性質として,“同じ振幅の2つの波を重ね合わせると振幅が2倍になる”という“重ね合わせの原理(‘線形性’ともいう)”が高校の物理などでよく知られている。しかしこれは,現実の世界では,まず成立しない。波の振幅が非常に小さい極限でのみ成立する“近似”なのである。この近似の便利なところは,それにより,数学的に厳密解が容易に得られる点にある。このため,‘線形性’は,長い間,波を扱う分野で使われてきた。しかし,波の振幅が小さくないことの効果(“非線形効果”)は,流れの振る舞いを決定的に変えてしまうこともしばしばであり,流体を扱う分野に限らず近年の力学の中心課題の一つである。内部重力波の場合,例えば,(上流からの風速)+(山で生じた線形波の上流への伝播速度)=0(論文の題の“transcritical”)のとき,線形理論では振幅が無限大に発散する。これは,山などで生じた“仮想的な”線形波のエネルギーが,山の近傍にどんどん溜まるためである。しかし,“非線形効果”を考えてやると,振幅に依存した波の伝播速度の変化により,発散は回避されると同時に,上流へ伝わる波(ソリトンと呼ばれる)が周期的に励起される(図参照)。本論文は,内部重力波の伝播速度,振幅に見られる“非線形効果”を,流体の様々な鉛直密度分布,山の高さについて調べたものである。そして,(1)運動方程式の数値解を求めて,最近導出された非線形理論を検証する,と同時に,(2)その理論の問題点を指摘し,改良を提案している。

(はなざき ひでし,大気圏環境部大気物理研究室)

図  内部重力波の振幅(εA)の時間発展