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大都市圏における環境ストレスと健康に係わる環境保健モニタリング手法の開発に関する研究

プロジェクト研究の紹介

兜 真徳

1.はじめに

 本特別研究は、大都市圏(首都圏)を対象として、環境騒音や大気汚染に由来する心理的ストレスや健康影響に関する「環境保健モニタリングシステム」の内容・手法を検討してきている。それは、換言すれば、環境汚染と住民の健康状態の時間・空間的な関連を監視し、実際の健康影響や潜在的な影響リスクが示される場合には、警告を発することのできる情報システムを整備することである。ここでは、同システムを検討するために行っている研究のうち、大都市内でも特に問題と考えられる道路交通騒音と心理的ストレス、大気汚染と肺癌死亡に関する成績を紹介する。

2.道路交通騒音と心理的ストレス

 地域での騒音による影響の指標として、苦情の発生状況が用いられることが多い。しかし、特に道路騒音の場合には、同指標が実際の影響を反映しないことが示されている。すなわち、1都6県の区市町を対象とした解析結果では、苦情で問題とされる工場、建設、商業、近隣、交通などの騒音のうち、特定工場及び道路交通騒音以外では、騒音の発生量も暴露量も、また苦情発生率も地域の人口密度や活動状況と一定程度関連している構造が認められる。しかし、交通騒音ではこの関係は極めて弱い。また、実態調査では、道路交通騒音が沿道住民に大きな心理的ストレスを与えており、依然深刻であることを示している。例えば、幹線道路直近の居住者では個人暴露量も後背地の人より大きく、睡眠薬服用者も多く、一般健康調査の成績も、道路に近い人ほど悪い傾向が認められている。したがって、苦情件数は交通騒音の環境保健モニタリング指標としては不適切であり、より直接的な指標が必要である。

3.大気汚染と肺癌死亡

 都市化の進んだ地域ほど肺癌死亡が多い傾向は国際的にも観察されており、同様の傾向が我が国の1963-73、74-78、79-83年の各時期の女子の肺癌の標準化死亡比(standardized mortality ratio、SMR)についても認められる。そうした地域差の要因の一つとして、大気汚染、とりわけ発癌物質が認められるディーゼル排ガス由来の浮遊粒子状物質(suspended particulate matter、SPM)の影響が強く示唆されてきたが、因果関係についてはなお不明の点が多い。

 ここで、1都6県内で一般環境大気測定局(一般大気局)の測定データの利用可能な53の自治体を対象として、別途、道路沿道のディーゼル排ガス由来のSPMによる汚染状況を示す2種の指標を求め、それらと女子肺癌のSMRの空間的関連を検討してみた。上記2指標は、1985年のディーゼル車交通量等から道路基本区間ごとに推定した、(1)道路端から100mまでの地域の中で一定濃度以上のSPM(ディーゼル排ガス寄与分のみ)に汚染された地域の割合(その自治体内平均値を「汚染地域割合」と呼ぶ)と、(2)同汚染地域内の推定居住人口の自治体内総人口に対する割合(「汚染人口割合」)である。

 上記3期の女子肺癌SMR(各5年平均)について、一般大気局SPM測定値(1979-83年平均値)及び上記2種の指標のそれぞれとの単相関は、第3期のSMRとの間でのみ有意であった。ただし、3期のSMRの単回帰分析の結果、2種の指標のいずれかを説明変数とした場合の方が寄与率が大きい傾向があった。また、一般大気局SPM濃度と2種の「割合」の各分布をそれぞれ3分割して、それらの各地域別の肺癌SMR(第3期)をみると、低レベルより高レベル地域に23.6-32.7%も高かった。

 一方、上記基本データから沿道のディーゼル排ガスレベル別の暴露人口数を求め、動物発癌実験データから計算されたリスク(例えば、ディーゼル排ガスによる肺癌のユニットリスク(1μg/m3の濃度に70年間暴露された時のリスク)は6.14×10-5との推定値がある)を考慮して、同排ガスによる過剰肺癌死亡を試算した。すなわち、沿道で100μg/m3以上のディーゼル排ガス由来のSPMに暴露されている女子は約7万人、50μg/m3~100μg/m3では17万人、残り530万人は50μg/m3未満である。それらの暴露濃度を一応100、75及び25μg/m3と仮定すると、それぞれ70年間暴露された時の過剰肺癌死亡数は合計9,351、暴露期間を35年とすると4,676となり、これは年間133の死亡数、年間死亡率2.4×10-5となり、女子の肺癌死亡の10%以上がディーゼル排ガスによることになる。実際には、ディーゼル排ガス高濃度暴露者が都心に向かって多く分布しており、バックグラウンドSPM濃度も都心部ほど高い傾向があることなどを考慮すると、上記のようなSPM汚染レベルに対応したSMRの約30%の地域差の大半が、こうしたディーゼル排ガス汚染に起因していることを予想させるものである。

4.おわりに

 以上はこれまでの調査・研究結果の一部であるが、健康影響やリスクからみて、大都市の環境騒音と大気汚染のうち、特に道路交通に伴う沿道汚染の問題が依然深刻であることを示している。沿道でぜん息、その他呼吸器症状が多い傾向も指摘されており、大都市を中心とした沿道環境整備、交通体系の在り方等について、これまでより総合的かつ積極的な取り組みが必要であることを示唆している。環境保健モニタリングが具備すべき要件は、こうした関連をより適切に、また総合的に示す情報を整備・システム化することと考えられ、その具体的内容について現在詳細に検討中である。

(かぶと みちのり、地域環境研究グループ都市環境影響評価研究チーム総合研究官)