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地球環境モニタリングに関する研究
1.衛星観測プロジェクト
〔担当者〕
| 地球環境研究グループ |
: |
笹野泰弘・鈴木 睦・中島英彰・中根英昭 |
| 大気圏環境部 |
: |
杉本伸夫・松井一郎・古閑信彦 |
| 地球環境研究センター |
: |
横田達也・神沢 博 |
客員研究員 12名
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| 下線は研究代表者を示す |
〔目 的〕
環境庁はオゾン層の監視,調査研究の推進を目的として人工衛星を利用した観測を行うこととし,改良型大気周縁赤外分光計ILAS(Improved
Limb Atmospheric Spectrometer),地上衛星間レーザー長光路吸収用レトロリフレクターRIS(Retroreflector
In−Space)を開発し,宇宙開発事業団が1996年8月に打ち上げた,地球観測プラットフォーム技術衛星(ADEOS:Advanced Earth
Observing Satellite)に搭載した。ADEOS衛星の事故により,1997年6月末に運用が停止されるまでの8カ月間,ILAS,RISを用いた測定が行われた。さらに,1999年に打ち上げが予定されている環境観測技術衛星(ADEOS-U)に搭載する,ILAS-Uの開発が,環境庁により進められている。
当プロジェクトではこれに対して,(1)搭載機器開発にかかる科学面での支援,(2)データ処理運用のための地上システムの開発とその運用を担当している。後者は,アルゴリズム研究開発,データ処理運用システムの設計,データ利用研究計画立案等が含まれている。さらに,衛星データの取得後は,データ質の評価,検証解析,アルゴリズム改訂のための検討を行いつつ,データを用いたオゾン層監視,オゾン層変動メカニズムの研究等を行ってきた。衛星観測研究チーム,高層大気研究室,地球環境研究センター(衛星担当研究管理官)が中心となって,当プロジェクト(ILASプロジェクト,RISプロジェクト,ILAS-Uプロジェクト)を推進している。
〔内 容〕
(1)ILASプロジェクトADEOSの運用期間中になされたILAS測定は,合計で6700回以上に上った。これらのデータについては,ILAS・RIS衛星データ処理運用システムで定常的な処理が行われた。データプロダクトは,概ね良好であると判断されたが,注意深い検討が重ねられ,データ処理アルゴリズムの改訂,分光パラメータの改訂等が施された。また,検証実験データとの比較検討がなされ,いくつかのデータ処理上の問題が明らかにされてきた。
太陽面上での瞬時視野方向を与えるサンエッジセンサーの光学特性が当初,計画されたものと異なっていたことによる,接線高度決めの不確定性の問題があった。また,可視分光器の装置関数を,機器温度への依存性を考慮して最適化する必要があるということが判明した。さらに,赤外分光器の信号から導出される疑似透過率に,高度に依存するバイアスが重畳しているらしいことが明らかにされた。これらの問題に対する対処を中心に,データ処理アルゴリズムの検討が行われた。
同時に,ILASデータの科学的な研究への適用性を評価する観点から,予備的なデータ利用研究を試みた。
(2)RISプロジェクト
RISプロジェクトは,ADEOS衛星に搭載されたレーザーリフレクターRISを用いた地上衛星間のレーザー長光路吸収法により,大気中の微量成分の測定を目的とするものであった。RISを用いる測定は,概念の段階から地球環境研究総合推進費により研究を行い,これに基づいて搭載機器,地上システムの開発が実施された。観測に関する研究についても地球環境研究総合推進費課題のなかで実施された。ADEOS衛星の運用停止という予想されない事態によって,大気の観測を十分に行うことはできなかった。しかし,オゾンのスペクトル測定に成功し,RISを用いた計測手法を実証し,評価を行うことができた。ADEOS運用停止後は,地上リフレクターを利用しRIS観測を補完するための実験を行った。
(3)ILAS-Uプロジェクト
ILAS-U機器の開発・試験に対する研究面,データ処理面からの支援を行うとともに,データ処理アルゴリズムにかかる研究と,運用システム開発への支援を行った。データ処理運用計算機システムの検討を行い,一次導入分の整備を行った。
宇宙開発事業団とのインターフェース調整を継続的に行い,また,データ利用研究課題公募に関する準備作業を行った。
〔成 果〕
(1)ILAS
<データの前処理に関する研究>
第一に,日の入り観測の場合の処理に必要なデータの有効部分の切り出し方法として,従来は観測開始より一定時刻経過後から太陽直達観測データを切り出していたが,データの状況に合わせてデータの切り出し開始時刻を設定する方法を開発し,その手法に切り替えた。これにより,太陽直達光の平均値処理が安定し,処理のできないイベントを減らすことが可能となった。
第二に,センサーの太陽追尾状況を調査し,太陽捕捉の逸脱現象や,震動的な追尾状況などの観測データへの影響について調査を行った。さらに,可視チャンネルと赤外チャンネルの視野のずれについても調査を進め,これらの成果をデータ処理アルゴリズムに反映した。
第三に,各観測データの観測高度(接線高度)の決定手法として,可視チャンネルデータの酸素分子の数密度の情報を利用する方法と,衛星位置と観測時刻との関係から,幾何学的な光路屈折計算によって求める方法とを比較し,それぞれについて改良を行った。前者については,処理に使用する酸素分子の吸収線を変更して比較検討を行い,装置関数を再決定して,その影響評価を行った。後者については,太陽輪郭センサーデータからの太陽光球上端の検出方法と,観測視野位置の影響について検討を行った。
<可視チャンネルデータの処理に関する研究>
可視チャンネルからの気温・気圧推定処理については,観測位置高度の決定の不確定性,酸素分子の吸収パラメータの不確定性,装置関数の推定誤差などの影響について研究を行った。特に装置の経時的な温度変化と,導出された気温・気圧の誤差(英国気象庁による参照値との差)との間に強い相関があり,可視チャンネルの装置関数が経時的に変化していることが判明した。今後は,装置関数の問題も含め,総合的に気温・気圧推定処理改善のための研究を行う予定である。
<赤外チャンネルデータの処理に関する研究>
赤外チャンネルのデータ処理アルゴリズムにおいて,エアロゾルの微量気体成分導出への影響を除くために,各種の処理手法を研究した。その一つは,赤外域の気体による吸収の少ない窓チャンネルのデータを用いてエアロゾルの赤外スペクトルへの影響量を推定し,気体成分の導出を行う手法である。この手法は,通常の成層圏バックグラウンドエアロゾルが存在する場合には比較的良好な結果が得られたため,検証実験データが存在する日時を中心に,テストバージョンVersion.3.10として,ILASのデータ処理を行った。また,別の推定手法として,エアロゾルパラメータと微量気体とを同時に算出する方法の研究を行った。低高度では,ILASの観測データに気体の吸収に起因するものではないバイアス的な減衰が見られる場合があることが確認された。この手法に関する研究を今後も継続し,より信頼性の高い結果を導出する予定である。
<装置関数の再決定>
ILASは,気温・気圧を決定するための可視分光器,及び大気微量成分を測定するアレー型分光計を持つ。両者の分光分解能は大気吸収の線幅より広いため,分光器の装置関数の形状・中心波長を精度良く決定することが必要である。太陽掩蔽法でのデータ処理では,接線高度・気圧あるいは吸収線強度の誤差は,系統的なオフセットエラーを引き起こす,また信号雑音はランダム誤差を引き起こす。これに対し装置関数の誤差は,リトーリーバルにおける収束性の低下をもたらし,ランダム及び系統的な誤差を引き起こす。装置関数決定に要求される精度は,中心波長位置に換算して,赤外及び可視ともに分光分解能の1/20の精密さであると評価されている。
これまでの評価からILAS赤外分光器について打ち上げ前に決定した装置関数は軌道上で変化せず,そのまま使用できることが判明した。一方,可視装置関数は軌道上での温度の経時変化に対応する波長ドリフトが見られ,分光計の波長決めを各月ごとに再度行う必要があることが判明した。衛星速度と地球回転を考慮する大気吸収線と,衛星速度のみによるフラウンホーファー線のドップラーシフトを考慮して,分光分解能の1/50の精密さで装置関数の決定を行った。十分にチューニングされた装置関数は,比較的合理的な気温気圧リトリーバル結果を与えたが,さらに装置関数の改善が必要とされている。
また,ILAS-U用の各種分光器についても装置関数の決定に着手した。ClONO2測定用の高分光分解能Echelle回折格子分光器の装置関数決定について,半導体レーザー光源を積分球でインコヒーレント化する手法の開発に初めて成功し,高精度で波長位置を決定することに成功した。
<ILAS検証解析>
前年度までに実施された,ILAS観測に同期した検証実験のデータを収集し,データベース化を図るとともに,ILASデータとの比較検討,検証解析を行った。比較結果は概ね良好であり,重大な問題は発見されていない。詳細な解析によれば,個々の測定パラメータによって,システマティックなずれが見いだされており,接線高度決めの不確定性の問題,エアロゾル・極成層圏雲等による連続吸収スペクトルの評価の問題,その他の極微少量気体の影響等々に起因していると考えられる。
特に接線高度決めについては,瞬時視野の方向を測定するサンエッジセンサーの光学特性が当初の設計と異なることが判明したことから,その再評価がなされるまでの間,代替法を採用した。これは,気温・気圧の気象データを用いて,期待される酸素分子による光の吸収量を計算で求め,これをILASの可視分光計による実測値と比較するものである。これにおいても,可視分光計の装置関数について,機器温度依存性を正確に考慮することの必要性が判明している。
エアロゾル・極成層圏雲等による連続吸収スペクトルの評価については,赤外分光計のエアロゾル窓チャンネルデータの利用によるVersion3.10方式が,現在,採用されている。窓チャンネルで求めた消散係数値を直線補間して,その他のチャンネルの消散係数を推定するもので,気体濃度分布の初期値に多少依存するものの,検証解析結果としては,オゾン,硝酸,水蒸気等では,概ね良好である。赤外分光計の両端のチャンネルに吸収を持つ,CFC12,二酸化窒素については,エアロゾル・極成層圏雲等による連続吸収の補正に改良が必要である。
<ILASデータ利用>
ILASデータは,未だ検証は完了していないが概ね良好であることが判明しており,データの利用可能性を見極めていくため,予備的な解析を開始した。これは同時に,科学的な合理性の観点からの検証と見ることもできる。
メタン,一酸化二窒素(亜酸化窒素)等のように対流圏に起源を持つ低反応性の気体は,成層圏では高度とともに減少する分布を持つ。極渦中では,冬から春にかけての時期は,成層圏大気は沈降することが知られており,これらの分布形の時間的変化から,下降流の速度を見積もることができた。
オゾンと一酸化二窒素,メタンと一酸化二窒素等との間には,一般に高い相関があることが,これまでの航空機観測等から知られている。ILASから得られるこれらの濃度分布について,同様の相関解析が行われた。
図1(a),(b)は,Version.3.10アルゴリズムによって導出されたオゾン(O3),硝酸(HNO3),亜酸化窒素(N2O)の高度分布の,極渦(南極オゾンホール)の内(a)外(b)の比較例である。ILASは,このように多種の微量気体の高度分布を同時に,また極渦の内外を頻繁に測定することにより,オゾン層変動機構の解明に必要なデータを提供できるという特徴を有している。
(2)RIS
RISで得られた主な成果は,RISを用いた分光計測手法などレーザー長光路吸収に基づく計測手法及びシステムの技術の評価に関する成果である。非常に残念であるが,ADEOS運用停止のため,大気微量分子の濃度分布やその変動などに関して十分なデータが得られていない。以下に,RISを用いて実施した観測実験の結果と評価結果について述べる。
<RISからの受信信号強度の評価>
可視光のRISからの反射強度の評価は,追尾用のレーザー(波長532nm)を用いて行った。追尾望遠鏡の口径20cmのガイド鏡に取り付けたイメージインテンシファイアー付きCCDカメラ(ICCDカメラ)を用いて反射光の像を撮影し,等級のわかっている恒星の明るさと比較することによって絶対値を求めた。RISからの可視レーザーの反射光は,追尾に通常用いた送信条件の時,星の明るさで2〜3等級に相当した。一方,測定結果を,打ち上げ前のRISの反射波面の実測データに基づく反射光強度のシミュレーション結果と比較した。測定値は大気の透過率の変化や追尾の誤差のために変動が見られたが,全般に反射率の大きさとその変化は理論と良く一致した。
一方,赤外レーザー光の強度は,炭酸ガスレーザーの反射信号をタワーに設置した小型のレトロリフレクターの信号と比較することによって評価した。タワーからの反射では減衰フィルターを用い,その減衰率を換算してRISの反射光強度を見積もった。この結果,ファクター1.5程度で両者は一致した。
<RISを用いたスペクトル測定>
炭酸ガスレーザーを2台用いて,地上衛星間レーザー長光路吸収法によるスペクトル測定を行った。送信した2つのパルス波形と受信したRISからのそれぞれ反射光のパルスの4つのパルス波形をショットごとに記録した。1回の測定は200秒で,10,000点のデータを記録した。2台のレーザーをそれぞれ12CO2の9P(24)と13CO2の10R(24)に同調して,衛星の進行に伴う反射光のドップラーシフトを利用してオゾンの吸収スペクトルを測定した。このスペクトルからオゾンのカラム量を導出した。導出されたカラム量は,8.6×1018/cm2。ここで,同じスペクトル領域に含まれる炭酸ガス等の濃度についてはUSスタンダードの分布を仮定し,HITRANデータベースの吸収線パラメータを仮定した。
RISによる測定を検証するため東北大学理学部のレーザーヘテロダイン分光計によるオゾンの同時測定を行った結果,オゾンのカラム量は8.3×1018/cm2でRISによって求めたものとほぼ一致した。また,同日のADEOS搭載TOMSによるオゾンのカラム量は8.629×1018/cm2で,これとも良く一致した。
<測定誤差の評価>
RISを用いて測定したスペクトルの誤差が当初の予想よりも大きい問題があったため,この原因を明らかにするための解析を行った。雑音には,検出器雑音のように信号強度に依存しないものと,ビームパタンに起因する雑音のように信号強度に比例するものなどがある。RISの場合は後者が主要な雑音であることがわかった。さらに,主な原因は2台の炭酸ガスレーザーのビームパタンのわずかな違いであることが明らかになった。これを解決するために,2枚のレンズとピンホールから構成される空間フィルターを送信光学系に追加することによってビームパタンを改善した。これによって,信号強度の比のSN比が1ショットの測定について約10まで向上できることを試験観測によって確認した。
また,反射光強度の時系列データのスペクトル解析の結果,1ヘルツ程度の追尾誤差による変動が明らかにされ,追尾系の改良を行った。また,大気揺らぎの効果など,レーザー光の伝送特性について地上衛星間の光路と地上の光路で,追尾誤差の他は大きな違いがないことが示された。一方,オゾンのスペクトルデータからオゾンの高度分布を求める検討を行い,信号強度に比例する雑音が主な雑音成分である場合にはSNが10程度でも可能性があることが示された。
<その他の成果>
RISプロジェクトでは,ADEOSを正確に初期補足するため,世界の約15のレーザー測距局の協力を得て,レーザー測距によるADEOSの軌道予報の改良を行った。軌道計算は宇宙開発事業団のつくば中央追跡管制センターが研究として実施した。この結果,従来の電波による測距による軌道予報より約1桁高い予報精度が得られた。また,NASAにより2波長レーザー測距の実験が行われ,355nmと532nmの2波長で良好な反射波形が得られた。実験期間が短くレーザー測距のための大気モデルの改良への利用は困難であると思われるが,単一素子であるRISの利点が実証された。
〔発 表〕A-16〜27,33〜37,F-10〜19,I-12〜15,a-32〜49,59,60,64,65,73,74,77,f-33〜40,46,49,51,57,i-10〜12,14〜22,24,39〜46
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