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環境研究総合推進費による研究(地球環境研究)
6.熱帯林の減少に関する研究
〔担当者〕
| 地球環境研究グループ |
: |
奥田敏統・唐 艶鴻・足立直樹・椿 宜高・高村健二・永田尚志 |
| 生物圏環境部 |
: |
古川昭雄
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| 科学技術特別研究員 |
: |
横田岳人・梁 乃伸・小沼明弘・山田俊弘
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| 下線は研究代表者を示す |
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〔目 的〕
近年,熱帯林保全へ向けた持続的管理の手法が様々な地域で模索されているが,森林の減少速度に歯止めがかからない。この原因として,森林の持つ生態的,社会的,文化的なサービス機能・価値が客観的に評価されていないことが指摘されている。しかしながら,それ以前の問題としての森林の機能や動態の解析が十分に行われていない限りは,森林の持続管理に向けた的確な指針が与えられないばかりか,人類の遺産である森林資源の枯渇を招くことにつながりかねない。例えば,森林の炭酸ガス吸収機能が注目され,排出権売買が現実のものとなりつつあるが,そもそも森林が構造的,組成的に安定したものか,またその動態に係わる要因は何かについても十分な知見が得られているとは言いがたい。そこで,本研究課題では熱帯林の保全管理のための手法を確立することを目的として1)熱帯環境林保続のための指標策定に関する研究,2)熱帯環境保全林における野生生物多様性と維持管理のための指標に関する研究,3)熱帯林環境保全機能の評価に関する研究を行った。なお,本課題の一部はマレーシア森林研究所,マレーシアプトラ大学,東京都立大学,京都大学,信州大学,自然環境研究セン
ターなどの協力を得て行った。
〔内 容〕
(1)熱帯環境林保続のための指標策定に関する研究
森林の修復過程における稚樹の生態特性を把握するために21種,2423本の稚樹を放棄ゴム園内の被陰区と裸地区とに移植し,2カ月おきに稚樹の高さと生存個体数を記録した。熱帯林内の不均質な微環境下での稚樹の生理的反応を明らかにする目的で,Shorea
parvifoliaを対象にその光合成日変化,同時に林内の微気象,光と湿度環境が同種の光合成,蒸散などの生理反応にどのような影響を及ぼすかについて調査した。
(2)熱帯環境保全林における野生生物多様性と維持管理のための指標に関する研究
1)熱帯林におけるほ乳類及び鳥類群集構造と多様性の維持機構に関する研究
熱帯林に生息する鳥類は生息可能なハビタットの幅が狭いため,熱帯林の消失や撹乱の影響は大きい。周辺をアブラヤシ農園で囲まれた25km2の孤立したパソ森林保護区において,熱帯林の孤立化による周縁効果の影響を評価するために,中心部から周縁域にかけて鳥類群集構造を調査するとともに,人工巣による捕食実験により捕食圧を調べた。
2)動植物種の種特異的共生関係に基づく生物種の生態特性の指標化に関する研究
マレー半島のパソ保護林の中心部で2時期に撮影された空中写真用いて林冠ギャップの生成と修復速度を算出した。また,50ヘクタールプロットの樹木センサスデータと林冠高データを重ね合わせることにより,林冠高と稚樹の個体密度,生長量,種の多様性などについて解析を行った。種子・稚樹定着過程における草食動物の影響と植物の被食に対する防御機能を明らかにする目的でフタバガキ科4種(Shorea
macroptera, S. pauciflora, S. parvifolia,D ipterocarpus cornutus)の種子〜実生定着間の生存率について親木の分布,実生の個体密度,ギャプの有無等の関係から調べた。また,植物の被食防御機能に関して実生の食害調査と野外実験,防御物質の定量を行い,異なる光環境における動物の影響の違いを調べた。閉鎖林冠下と林冠ギャップに調査地を設置し,自動撮影装置を用いて小型ほ乳類の活動性を比較した。また,昆虫相の動態に関しては,林冠ギャップと閉鎖林冠下に植栽した実生に発生した昆虫季節的動態を観察した。
(3)熱帯林の環境保全機能の評価に関する研究
1)熱帯林における撹乱が土壌形成及び土壌構造に及ぼす影響の評価に関する研究
シロアリは土壌形成の一過程である植物遺体分解に関わっているが,そのシロアリに対する伐採による撹乱の影響を把握するために,マレーシア半島部の低地熱帯雨林の一次林と二次林とでシロアリ分布の比較調査を行った。各林内に100m四方の調査地各1個を設定し,倒木に標識を付けて直径・長さ・分解程度を記録した上で各々の倒木からシロアリを採集した。また,シロアリが樹木への養分供給に与える影響を検出するために,野外でシロアリの出入りできない区画1m四方を設けた。その中にメランタイShorea
macroptera稚樹を植えて成長を測定し,シロアリの出入りできる囲いのそれと比較している。
〔成 果〕
(1)熱帯環境林保続のための指標策定に関する研究
1)二次林への植栽実験
フタバガキ科樹種の実生の成長は,裸地区よりも被陰区での成長の方が良好な種と,Shorea parvifolia, S. lepidotaのような生残率も樹高成長も裸地区での成長の方が被陰区での成長よりも良い種があった。このように,同じ科内に属する樹種でも種によって光環境に対する反応性が異なることが明らかになった。移植後,約1年を経過した時のフタバガキ科樹種の生残率は,他の樹種に比較して,被陰区のほうが裸地区よりも高かったが,Dipterocarpus
cornutusのように裸地区でも高い生残率を示す樹種もあった。裸地区での生残率は,初期の稚樹の高さによって影響を受け,稚樹高が高い稚樹ほど生残率が高かった。しかし,被陰区ではこのような傾向は観察されず,生残率は稚樹の高さではなく,もっぱら種間差によっていることが明らかになった。全植栽樹種の生残率は裸地区で58%,被陰区で74%と,被陰区の方が生残率は高かった。フタバガキ科の中でも樹種によって裸地区と被陰区とで生残率に大きな違いが見られた。Dipterocarpus
crinitusは被陰区で100%,裸地区で10%,Dipterocarpus cornutusは被陰区でも裸地区でも70%以上の高い生残率を示した。このほかにも,Neobalanocarpus
heimii, Elateriospermum tapos, Xanthophyllum amoenumは,両区での生残率に違いはなかった。
2)林床環境下における稚樹の生理生態的反応
林冠ギャップに生育するShorea parvifoliaの稚樹の葉面積あたりの日積算光合成量は閉鎖林冠下林のそれに比べて約2倍ほどの値を示したが,ギャップ下での葉は陽葉化し,葉の乾燥重量あたりの日積算光合成量は林床の稚樹とほぼ同じ値を示した。次に,ギャップでは稚樹の日積算光合成量の約50%が50マイクロモル以上の光(陽斑)によるものであったが,閉鎖林冠下林では葉の65%の日積算光合成量が陽斑によるものであること明らかになった。気孔コンダクタンスの分析から,林床の安定した高い湿度環境は稚樹の光合成誘導反応に対して大きな役割を果たしていることも示唆された。さらに,ギャップ下に生育する稚樹は光合成の日中低下が林床の稚樹より著しく,ギャップでは日中の強光と乾燥が光合成を低下させることが示唆された。
(2)熱帯環境保全林における野生生物多様性と維持管理のための指標に関する研究
1)熱帯林におけるほ乳類及び鳥類群集構造と多様性の維持機構に関する研究
パソ森林保護区の中心部では,81種の林床性鳥類の生息が捕獲され,択伐地域では73種類が記録されていたのに対して,アブラヤシ農園との境界域では,39種類が捕獲されたにすぎない。熱帯林の中心部から周辺部にいくにしたがって林床性鳥類の生息種類数は減少していったが,相対生息密度は逆に中心部より周縁部の方が高かった。林床性鳥類の群集組成も中心部では,東南アジアの鳥類群集の特徴であるチメドリ類など地上性昆虫食者が多く,周縁部にいくにしたがって種数・個体数とも減少した。一方,タイヨウチョウ類やヒヨドリ類などの花蜜食者および果実食者は逆に周縁部にいくにしたがって個体数および種類数を増加させていった。人工巣を用いた捕食実験の結果,樹上より地上の方が捕食圧が高く,地上性動物による捕食であると予測された。また,卵の消失速度は中心部より周縁部にいくにしたがって早くなり,捕食圧が高くなっていく傾向がみられた。自動撮影装置で確認された捕食者は,オナガコミミネズミ,ブタオザル,ジムヌラ,ジリスの一種,チビオマングース,イノシシ,コモンツパイなどのほ乳動物であった。パソ森林保護区の中心部から周縁部にかけての鳥類群集の多様性の低下(周縁効果)は,地上性昆虫食者に対する捕食圧の増加に伴って生じている可能性がある。
2)動植物種の種特異的共生関係に基づく生物種の生態特性の指標化に関する研究
@天然林内における林冠ギャップの形成とその影響にに関する研究
樹高15m以下をギャップとすればギャップ面積は,全体の8.7%に相当し(1997年),この値は95年の11.2%から大きく変化していなかった。これは95年から97年の間に新たに4.0%の面積がギャップになったものの(生成速度=2.2%/年),6.5%の面積はギャップが修復したためである(修復速度=3.5%/年)。さらに95年から97年への林冠高の変化を推移確率行列とし,この行列の固有ベクトルを求めることにより最終的な安定状態を計算したところ,現在の分布と大きく異ならなかった。95年,97年の2時期で,林冠高分布もギャップの面積も大きく変化してはいなかったこと,またこの間の林冠高の変化から作成した数値モデルから予測された安定状態も現状と大きく変わらなかったこととから,今後もこの2時期と同様の環境が保たれるのであれば,パソ保護林は森林全体としてはほぼ安定していると考えられた。
一方,50ヘクタールプロットの樹木センサスと林冠高のデータの解析からギャップのように林の高さが低い場所では,背丈が高い林に比べて,稚樹の成長が非常に良いことがわかった。また,林冠高と樹木の多様性との間には明瞭な関係が見られないことがわかった。さらに50ヘクタール調査区で記録されている822の樹種のうち157種が背丈の低い林に分布し,そのうち76種がこうした明るい環境下で新しく稚樹を生産していることがわかった。一方,背丈の高い林に分布する種は41種で,そのうち,そうした環境下で稚樹を新しく生産している種はわずかに4種でした。これらのことから,林床の光環境をめぐって,種間である程度のニッチェ分割が起こっているのではないかと推測された。
A種子・稚樹定着過程における草食動物の影響と植物の被食に対する防御機能
対象種4種の実生の生存率をギャップと閉鎖林冠下比較で比較したところ,実生の生存は4種間で異なる傾向を示した。Shorea
macropteraはギャップで,S. paucifloraと,I>Dipterocarpus cornutusは閉鎖林冠下における生存率が高かった。S.
parvifoliaはギャップ側と閉鎖林冠下側で生存率に有意差はみられなかった。これらの傾向は,種子散布後,実生が定着するまでの3カ月間でみられた。また,親木からの距離と実生の生存率がギャップの有無によってどのような影響を受けるかについて調べたところ,Shorea
macropteraとS. parvifoliaの実生(種子を含む)の生存率は,実生の定着前段階においてギャップと閉鎖林冠下共に親木からの距離によって有意な違いがみられた。定着後ではS.
macropteraの閉鎖林冠下側とS. paucifloraのギャップ側の実生の生存率が,親木からの距離によって有意な違いを示した。親木からの距離と実生の生存率との関係では,親木から離れるほど生存率が高くなるというような連続的な傾向ではなく,生存率の高い地点がところどころにあらわれていた。このことは,実生の生存はその林床の環境に大きく影響されるということを示唆している。
植物の防御機能と草食動物による食害率との関係について調べたところ食害率の低い樹種において葉内フェノール型タンニンが高い傾向にあることが明らかになった。
一方で食害,葉の形質のおける光環境の影響を検討した結果,光環境によって葉の防御特性や被食圧が変化することが示唆された。種子の防御物質含量と結実フェノロジーとの関係を検討した結果,一斉結実年以外にも高頻度で結実する樹種は種子に防御物質を蓄積することで化学的防御機構を発達させている可能性が示唆された。フタバガキ科樹種はフェノール型タンニンなどを主体とした防御機構を発達させ,林床の光環境の変化などに応じてその機構を変化させている可能性が示唆された。
B林冠ギャプ形成と動物の行動パターンに関する研究
ギャップの存在による小型ほ乳類の行動パターンへの影響について調べたところ,林冠ギャップ内の林床では,閉鎖林冠下よりも餌の消失速度が小さかった。林冠ギャップの中心部では,閉鎖林冠下と比較して,リス類の出現回数が大きく低下した。そのためネズミ類が相対的に大きな出現割合を占めた。また下層植生の伐採は,餌の消失速度を大きく低下させた。植生による林床の被覆の有無は,地上性小型ほ乳類の活動性に大きく影響することが明らかとなった。しかし,その影響の大きさには種間で差があり,リス類は特に大きな影響を受けることが示唆された。林冠ギャップ内の下層植生もまた小型ほ乳類の活動性に影響する要因のひとつであった。以上のことから,閉鎖林冠下と比較して,林冠ギャップ内に落下した果実や種子の死亡率は低くなると考えられるが,その効果は林冠ギャップ形成直後で最も大きいと推察される。
また,昆虫相の林床環境に関連した動態については明瞭な季節変動があることがわかった。植食性昆虫の個体数は,95年8月にピークを示し,96年3月にかけて減少し,96年4月以降やや増加するという明らかな傾向を示した。また捕食者は,95年11月以降,植食者がピークを迎えた後に見られ,96年1月にもっとも多かった。さらにギャップ下では,閉鎖林冠下比べて,植食者及び捕食者共個体数が多い傾向にあることがわかった。それぞれの実生に発生した植食性昆虫の数を種別にみると,S.macrophyllaとSapium
sp.では植食性昆虫が多く発生したが,S.macroptera, S. maxima, S. pervifolia, Neobalanocarpus
heimii, Sanitria tomentosa,S.acuminataでは昆虫の発生は少なくその割合は植栽数と有意(p<0.0001)に異なっていることがわかった。これらの結果は,昆虫により好まれる程度が,植物の種類によって大きく異なっていることを示している。さらに昆虫はすでに葉が損傷を受けている実生を避け,無傷の実生を選好していることがわかった。
(3)熱帯林の環境保全機能の評価に関する研究
1)熱帯林における撹乱が土壌形成及び土壌構造に及ぼす影響の評価に関する研究
シロアリの採集種数は一次林で7種以上,二次林で6種であった。キノコシロアリ亜科の1種Macrotermes malaccensisがどちらの林において最も優占的に採集された。両方の林の間に種数の著しい違いはないものの,それぞれの種の発見頻度が相対的に低い一次林の方で多様度が高い傾向にあった。一次林は二次林よりも倒木の量が多く,また様々な太さの倒木があることでシロアリの多様さを説明できると考えられるが,一次林内では地面が樹冠などによって覆われる割合が高い一方,倒木によるギャップ形成によって局所的に陽の差す地点もあると言うように,環境条件のばらつきが大きくて様々な分解状態の倒木が存在することも多様さに寄与していると推測される。メランタイの稚樹は植栽後1年までは9割程生存していたが,その後死亡する個体が増えて1年半後の現在では1割程度の稚樹しか生存していない。成長も樹高で10%未満に留まっている。シロアリ除去区と対照区とで生存率・成長ともに差は認められず,シロアリ除去の影響は未だ検出できていない。この影響を野外で実験的に解明する手法は未開発であるため,本研究のように手法検討を含めて予備的に実験を行うことが重要である。今回の方法では稚樹の生存が悪い点が問題である。
〔発 表〕A-7〜10,51,55,a-9〜17,50,80
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