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環境研究総合推進費による研究(地球環境研究)
4.酸性雨に関する研究
〔担当者〕
| 地球環境研究グループ |
: |
佐竹研一・村野健太郎・森田恒幸・向井人史 |
| 地域環境研究グループ |
: |
笠井文絵・西川雅高 |
| 化学環境部 |
: |
瀬山春彦・横内陽子・田中敦 |
| 大気圏環境部 |
: |
福山力・酒巻史郎・鵜野伊津志 |
| 水土壌圏環境部 |
: |
高松武次郎・服部浩之・井上隆信 |
| 生物圏環境部 |
: |
上野隆平 |
| 地球環境研究センター |
: |
畠山史郎 |
| 客員研究員 55名 共同研究員 5名 |
| 下線は研究代表者を示す |
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〔目 的〕
酸性雨に関する研究は次の3課題から構成されている。すなわち,(1)東アジアにおける環境酸性化物質の物質収支解明のための大気・土壌総合化モデルと国際共同観測に関する研究,(2)酸性・汚染物質の環境−生命系に与える影響に関する研究,(3)東アジアにおける酸性雨原因物質排出制御手法の開発と環境への影響評価に関する研究である。これらの研究の目的は以下のとおりである。
(1)東アジア地域における大気汚染物質の放出量とその将来の増加量を把握し,環境酸性化物質の収支解明のため大気・土壌総合化モデルの開発を進め,モデルの検証,または物質収支把握のために,韓国,中国を含む領域での国際共同観測を行い,さらに乾性沈着量を求めること。
(2)生物地球化学的研究手法の検討・開発を行う一方,酸性物質の生態系影響を明らかにするため,森林生態系の物質循環において重要な役割を果たしている微生物への影響,土壌,陸水酸性化に伴って溶出する有害金属アルミニウムの化学形態と分布そして日本の陸水酸性化の予測手法の開発に基づく酸性化予測と魚類影響を明らかにすること。
(3)主に中国を対象として,酸性雨原因物質の排出制御手法の開発とその環境への影響を評価すること。特に,1)民生用の石炭燃料からの効果的な脱硫手法の普及,開発及び乾式選炭技術の開発。2)民生用の燃料使用に対する酸性雨原因物質の制御手法が実施され,普及した際の環境への影響の評価。
〔内 容〕
(1)酸性雨の原因物質である二酸化硫黄,窒素酸化物などの大気中への放出量はヨーロッパ,北米大陸に次いで東アジア地域が多いが,今後東アジア地域ではそれらの排出量が飛躍的に増大するであろうことは議論の余地がない。欧米では国際共同研究プログラムが精力的に遂行され,欧州の多数の国々間での越境汚染に関するコンセンサスを得るためのモデル構築(レインズ(RAINS)モデル:Regional
Acidification Information and Simulation)も行われた。このモデルをアジアにも応用してアジア地域の酸性雨とその影響を総合的に記述したレインズアジアが構築されている。日本としても匹敵するモデルの開発の必要性が認識されている。このため,これまでモデュールとして開発された越境汚染,酸性雨の影響等のモデルの総合化を進めている。また,モデルの検証のため,この地域特有の気象条件等を含んだ汚染物質の空間分布,変質過程のフィールド研究を行った。また,これらの地域では湿性沈着のデータは多いが,乾性沈着のデータが国内を含めて不備であるため,乾性沈着の測定も進めた。
(2)1)酸性水域及び中性水域に分布する植物細胞中のアルミニウムの分布を測定し,中性水域では細胞壁及び細胞質の双方にアルミニウムが分布するが,酸性水域では細胞壁にはアルミニウムは分布せず細胞質にのみ分布することを明らかにした。
2)北関東山域地域及び大山におけるナラタケの種類について検討を行い,樹木の活性が弱まったときに樹木内に侵入する種が大半を占めることを明らかにした。
3)段階別中和能力測定手法を確立して各地の河川の酸中和能の測定を行い,日本各地の花崗岩地帯に極めて酸中和能が乏しい水域があることを明らかにした。
(3)小規模な一般民生用燃料使用に対して利用可能な簡易脱硫技術(バイオブリケット)が開発され,その現地化・広域普及の可能性が明らかにされた。後者に関しては既にテストプラントが建設されて試験生産が始まり,対象家庭を選んで配布,使用後のアンケート調査等も行われている。使用後の感想は上々であり,経済的な問題も十分クリアされうることが明らかとなった。また汚染ガス排出制御技術が普及したとき周辺の環境にどのような好影響を及ぼすかは興味の持たれるところである。人間の健康や,植物,材料への被害が軽減されるものと期待される。材料の腐食から見ると,高汚染地域では金属製や大理石製の文化財,建造物,材料の腐食が激しく,経済的な損失もまた無視できないものである。
〔成 果〕
(1)東アジアにおける環境酸性化物質の物質収支解明のための大気・土壌総合化モデルと国際共同観測に関する研究
梅雨期にみられる長距離越境汚染の特徴と大気汚染物質濃度の変化を,3次元長距離輸送モデルを用いたシミュレーション結果と長崎県対馬,福岡県筑後小郡,韓国ソウルで1991年6月に観測されたエアロゾル高濃度の観測と対比し,その汚染物質の濃度変化の特徴を示した。長距離輸送モデルとトラジェクトリー解析より中国大陸〜朝鮮半島で発生した大気汚染物質が,日本の南岸にかかる梅雨前線の北部を長距離輸送・反応・変質しつつ,九州北部にもたらされることが明瞭に示された。梅雨前線の南北の移動に伴う大気汚染質の輸送が,梅雨期の九州から西日本域のエアロゾル濃度レベルに重要であることが判明した。以上のようなモデルの結果から,1)梅雨前線の北部には十分に化学反応の進行した
SO42-の高濃度汚染気塊が存在し,前線付近には非常に大きな濃度勾配があること,2)梅雨前線の南北の移動に伴って九州〜西日本域が中国大陸や朝鮮半島起源の大気汚染物質に被われると濃度が上昇すること,3)太平洋からの海洋性気団に被われると濃度が減少することが明瞭に示され,固定点で行われる通常の観測データからはわからない梅雨期の越境汚染の空間的・時間的変化の特徴が示された。
冬季の北西季節風によって大気汚染物質が輸送されることについての報告は多いが,観測データと長距離輸送モデルから,梅雨期に特徴的な気象条件下においても大気汚染物質が輸送されることが明らかとなった。
東アジア地域における酸性雨のような,大陸規模の大気環境現象を把握するためには,我が国の国内における研究・調査だけでは不十分であり,国際的な取り組みによる共同観測と,そのデータを生かしたモデルによる解析が必要である。本研究では,中国,韓国との本格的な,また長期にわたる共同観測を行うことを目的の一つとし,本年度は中国(北京大学),韓国(韓国科学技術研究院)および日本(国立環境研究所)がそれぞれ青島,済州島,福江島で同一時期に地上観測を行い,同観測期間内に韓国(国立環境研究院),および日本(国立環境研究所)が飛行機ないしヘリコプターを用いた航空機観測を行うこととして,平成9年12月に観測を行った。本年度の観測ではいずれの観測においても雲が多く,特に12,13日の観測では雲底以下の高度でのみ飛行せざるを得なかった。その影響と思われるが,各観測においてSO2濃度は一様に低く,高度500mでも1ppb程度であった。また,今回観測されたNOx濃度の範囲約0.8〜2.1ppbは,これまでの東シナ海海洋上における観測結果と一致している。NOxの空間分布は,12月9日の約8500フィート高度においては観
測航路に沿って西に向かうにしたがって,有意の差で濃度の上昇が見られるという特徴がある。これに対して海洋境界層内高度である約1400フィートのデータにはそのような水平分布の傾向は見られない。PAN濃度は0.04〜0.2ppbの範囲の値で,これまでの一連の本航空機観測の中で最も低い濃度領域の結果に近く,1992年度の東シナ海上空での結果(約0.3〜0.9ppb)に比べてかなり低い値であった。NOxに対するPANの濃度比を見てみると,全データの内70%以上が0.1以下の比であり,全NOx中のPANの寄与が数パーセントにしかならないという結果であった。
北西の季節風が強まる冬季に,九州北部地域の西端にある長崎県の五島列島の国設五島酸性雨測定所(以下五島)及び九州本島の内陸部の福岡県太宰府市にある福岡県保健環境研究所(以下太宰府)において,ガス・エアロゾル等の観測を実施した。五島及び太宰府におけるローボリウムアンダーセンサンプラーによるエアロゾル成分の粒径分布では,両地点とも,NH4+,nss-SO42−及びnss-K+が主に微小粒子として観察された。また,Mg2+,Cl−及びNa+は主に粗大粒子として観察された。一方,NO3−では両地点で粒径分布に差が認められた。五島では主に粗大粒子として観察されたのに対し,太宰府では粗大粒子及び微小粒子の両方で観察され,その出現は期間により異なった。五島では,粗大粒子側のカチオン成分はnss-Ca2+,Mg2+,Na+であることから,NaNO3やCa(NO3)2の
化学形態が推測された。五島でのアンモニアガス濃度は,約1/10倍低濃度であり,このため,硝酸ガスは太宰府でのそれの3〜4倍高濃度であった。これらの結果から,五島等,九州西岸の比較的清浄な地域では,HNO3ガスとNH3ガスによるNH4NO3粒子の生成は少なく,HNO3ガスはCaCO3粒子や海塩粒子の表面に吸着あるいは反応によりNaNO3やCa(NO3)2を形成したことが推測された。五島ではnss-Cl−(非海塩性Cl−)はほとんど認められなかったが,太宰府ではnss-Cl−の微小粒子が観察された。nss-Cl−に対応する微小粒子側のカチオンは,NH4+しかなかったことから,太宰府ではNH4Cl粒子の存在が推測された。
〔発 表〕A-82〜90,I-16〜18,a-114〜127,i-27〜33
(2)酸性・汚染物質の環境―生命系に与える影響に関する研究
1)8-キノリノール抽出速度法と組み合わせたHPLC法により,HPLC法で分離される土壌抽出液中のそれぞれのAl化学種の反応活性度の評価が可能となった。また,本法を数種類の土壌抽出液試料の分析に適用することにより,Al化学種の性質は,土壌試料によりかなり差のあることが明らかとなってきた。水生植物試料については酸性水域及び中性水域に分布する植物細胞中のアルミニウムの分布を測定し,中性水域では細胞壁及び細胞質の双方にアルミニウムが分布するが,酸性水域では細胞壁にはアルミニウムは分布せず細胞質にのみ分布することを明らかにした。
2)日光及び丹沢の山岳地帯の立ち枯れ樹木に感染しているナラタケの培養的性質,酸性土壌での窒素の循環について調べた。その結果,これらのナラタケはPDA培地で根状菌糸束を形成せず,培地を着色するなど,感染力の最も強いArmillaria
melleaの形状と大きく異なった。このことから,山岳地帯の立ち枯れ樹木に感染しているナラタケは,健全な樹木にも感染するA. melleaではないと推定された。また,硫酸で酸性化した土壌での窒素の循環過程を調べた結果,有機態窒素の無機化は,pH3以下の強酸性土壌でもおこるが,アンモニアから硝酸への変化はpH3.5以下の土壌ではほとんどおこらないことが明らかになった。
3)新酸中和能測定手法は,滴定操作がないため現地での迅速な測定が行えること,直接pHの値で示すため酸性雨によるpH低下の可能性を知る上で有効であることを確認した。さらに,下北半島,屋久島の河川及び赤城小沼の酸中和能の測定を行い,下北半島の河川と比べると屋久島の河川や赤城小沼では0.01Nの酸の添加でpHが4近くまで下がり,0.001Nの酸の添加でもpHは添加前に比べて0.2から0.4低下し,6以下になる地点が多いことを明らかにした。これらのことから,屋久島の河川や赤城小沼では,すでに酸性雨の影響が現れ始めていると考えられた。
〔発 表〕A-29,30
(3)東アジアにおける酸性雨原因物質排出制御手法の開発と環境への影響評価に関する研究
中国西南部の最大都市,重慶市では,硫黄含有率の高い石炭(約2〜6%)が主要燃料として使用され,市民の生活に密接と関連している小規模低煙源(中小工場ボイラー,民生用焜炉)及び産業活動による石炭燃焼からのSO2によって著しい酸性雨被害が発生している。このため,都市部におけるSO2と粉塵に大きく寄与する小規模石炭燃焼低煙源及び高硫黄分の石炭からの硫黄酸化物と粉塵の排出抑制対策が酸性雨原因物質の排出抑制,住民の健康保護の点から急務となっている。
本研究では,バイオブリケットの原材料[主原料(石炭),副原料としてのバイオマスと硫黄固定剤]に関する試料採取,性状・成分分析,資料収集及び現地調査を行っている。特に,中小工場,民生用の燃料として使われている現地産の粉炭をバイオブリケット化し,その強度,硫黄固定効率及びエネルギー効率を評価した。日本からの技術提供を含む現地の実証プラントでの高圧成型(3〜5toncm−1)により試作したバイオブリケットと現在の重慶市販成型炭の比較実験を行った。その結果,このバイオブリケットは重慶市販成形炭に比較して煤煙,一酸化炭素(CO)とSO2等の発生量が少なくなり,着火性,燃焼性も良く,未燃分損失等も少ないことがわかった。また,揮発分が多くなり,炎が長いため,ボイラー用燃料として適し,熱効率が高い。今後実用化に適したバイオブリケットの製造技術,燃焼技術を確立できるものと考えている。同時に,重慶市の低品位原炭の湿式法に代わる乾式選炭法による選炭技術の調査・開発研究・実験を開始した。静電気,超音波の二方式を主とするセパレータを検討し,それぞれ適応する石炭の粒度範囲は異なるものの,各
セパレータの持つ選炭特性から,それらの組み合わせによって広い粒度範囲にわたる石炭の乾式選炭が可能である。
酸性雨の森林植物への影響に関しては,その被害を受けているのではないかと考えられる地域において,被害の原因となりうる化学的・地球科学的現象とその変化を把握しておく必要がある。森林に被害を与えうる様々な要因のうち,大気化学的な見地からは,酸性雨と酸化性大気汚染物質が重要である。酸性雨の影響があるのではないかと懸念される伯耆大山山頂に到達する気塊の流跡線を解析した結果,通年でも50%以上,冬季には60%以上の割合で中国中南部から中北部及び韓国上空を経由する経路で大山山頂に到達していることがわかった。大山西北方の日本海上空は高濃度のSO2が観測された地域であり,大陸由来の酸性物質が沈着している可能性は高いと考えられる。
また,SO2の排出制御が進むと,中国においても森林被害に対して光化学大気汚染の影響が大きくなるものと考えられるが,その際重要な役割を果たすものと考えられる過酸化水素の生成過程について,気象要素や大気化学要素との相関から,生成過程を支配している因子を抽出した。その結果,まだ確認すべき要素は多く残されているが,日射量との相関が強いことが明らかとなった。
〔発 表〕I-19〜21,i-34,35
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