ここからページ本文です
特別研究
4.ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患発症機序の解明とリスク評価に関する研究
〔研究担当〕
| 地域環境研究グループ |
: |
森田昌敏・嵯峨井勝・市瀬孝道・高野裕久 |
| 環 境 健 康 部 |
: |
小林隆弘・藤巻秀和・古山昭子・田村憲治・本田 靖 |
| 客員研究員 8名,共同研究員 6名 |
| 下線は代表者を示す |
〔研究期間〕
平成5〜9年度(1993〜1997年度)
〔研究概要〕
大都市部の大気環境は,ディーゼル車等の増加により,一向に改善の兆しがみられていない。なかでも二酸化窒素(NO2)と浮遊粒子状物質(SPM)の環境規準値達成率はきわめて低く,肺がんや気管支ぜん息等の呼吸器疾患を引き起こすのではないかと危惧されている。しかしながら,ディーゼル排気による呼吸器疾患に関する知見は少なく,今日これらに関する知見の蓄積が急務となっている。
本研究では,(1)ディーゼル排気による気管支ぜん息等呼吸器疾患の発症機序の解明とその量ー反応関係の解析,(2)低濃度ディーゼル排気の長期暴露による肺がんに及ぼす食事性因子のリスクの解析,さらに,(3)高濃度のディーゼル排気暴露を受けている人間集団の個人暴露量の推定と健康影響調査を行う。これらの結果を合わせて,ディーゼル排気によるヒトの健康影響に及ぼすリスクを評価し,大都市大気汚染防止に資する科学的知見を得ることを目的とする。
〔研究成果〕
(1)ディーゼル排気による気管支ぜん息等慢性呼吸器疾患の発症機序の解明と量−反応関係の解析に関する研究
気管支ぜん息の基本病態とされている慢性気道炎症(好酸球浸潤),粘液過分泌,気道過敏性の亢進等の病態ならびにアレルギー反応等がディーゼル排気微粒子(DEP)の気管内投与やディーゼル排気(DE)吸入により発現するかどうかを実験的に明らかにする。これらの各病態の解析によって,DEPあるいはディーゼル排気(DE)がそれら病態を引き起こすメカニズムを明らかにすると同時に,各病態がどの程度の濃度で起こるかという量−反応関係を調べ,ヒトの健康に及ぼすリスク評価の基礎資料を得ることを目的とする。
前年度までは,DEPとアレルゲンの代わりとしての卵白アルブミン(OA)を併用して繰り返し投与することにより短期間で上記の気管支ぜん息様の基本病態が発現することを明らかにし,かつDEPとOAの併用投与でぜん息様の病態が発現するメカニズムの解明に重点を置いた。この実験では,IgE抗体価はほとんど増加せず,IgG抗体,なかんずくIgG1抗体価とサイトカインのインターロイキン-5(IL-5)が著しく増加していることが判明した。IL-5は気道炎症を起こす好酸球を肺に呼び寄せる因子であり,IgG1は集まった好酸球の特異的受容体に結合して好酸球からMBP,EPO,ECP等の気道炎症誘起顆粒タンパク質を放出(脱顆粒)させているものと推測される。また,IL-5やIgG1抗体を産生しやすい系統のマウスはぜん息様の上記の病態を起こしやすいことも判明し,気管支ぜん息様の病態発現にはL-5やIgG1が非常に重要性であることが支持された。
本年度は,マウスにディーゼル排気(DE)を吸入させることで,前年度までDEP+OAの実験系で得られたぜん息様の病態が発現するかどうかを調べるために,1mg DEP/m3と3mg DEP/m3の濃度のDEをC3H/He系マウスに3カ月間吸わせる実験を行った。その結果,DEのみの吸入では気管支ぜん息と関連がある影響はほとんど認められなかった。これに対して,DE吸入下で3週間おきに1%OAミストを吸入させると気道粘膜への好酸球浸潤を伴う慢性気道炎症,気道上皮での粘液産生細胞の増生ならびに気道過敏性の亢進が観察された。しかし,この影響の程度はまだ緩慢な状態のものであった。そこで,さらにDEPの暴露期間をもう少し長くし,かつDEPの濃度を0.3mg/m3,1mg/m3および3mg/m3の3濃度に増やした実験を行った。現在そのデータの解析を行っているところであるが,影響はかなり増強されている傾向が認められており,ディーゼル排気もアレルゲン吸入下ではぜん息様病態発現にかかわっている可能性が強いことが示唆された。
(2)ディーゼル排気による呼吸器系腫瘍発生に及ぼす食事性因子のリスク評価に関する研究
ヒトの肺がんによる死亡率は各種のがんの中で年々最も高い割合で増え続けており,1993年の統計では,男性の肺がんによる死亡率は胃がんによる死亡率を追い越し一位になった。この増加の最大の原因は喫煙と食事因子と言われているが,近年増加しているのは喫煙によるリスクが最も低い腺癌であり,この腺癌は脂肪の過剰摂取等の食事性因子と非常に深い関連があることが示唆されている。そこで,近年の日本人の食事性脂肪摂取量に近い高脂肪食(約16%)を与えたマウスにDEPを気管内投与したり,比較的低濃度のDEを長期間吸入させ,それによる発がん率の違いを調べ,ライフスタイルとしての食事性因子の呼吸器発がんに及ぼすリスク評価を行うことを目的としている。
前年度までは,0.05,0.1 mg及び0.2 mgのDEPをマウスに毎週一回ずつ10回気管内投与し,1年後の肺がん発生率を調べるとともに,DNAの酸化的障害の指標である肺内の8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)の生成を調べ,両者間の相関を検討した。その結果,高脂肪食群では発がん性が上昇し,β-カロチン添加群では発がん率が著しく低下するとともに,両者の間には非常に高い相関性が認められ,DEPによる発がんにはヒドロキシラジカル(・OH)が深く関わっていることが示唆された。
一方,先に米国でDEPから有機物を十分に除いた炭素粒子や酸化チタンだけでもラットの肺に腫瘍を発生させるという報告がなされている。本年度は,これが本当かどうかをマウスを用いて検討したところ,マウスではそのような炭素粒子や酸化チタンだけでは肺がんの発生率は非常に低かった。しかし,その発がん率と肺内の8-OHdG生成との間には有意な相関性が認められた。このことから,ラットにおいて認められた炭素粒子や酸化チタン等の発がん率は低いながらもマウスでも認められることが判明した。
さらに本年度は,マウスにディーゼル排気(DE)を1年間吸入させた発がん実験のデータの解析を行った。その結果,マウスでは0mg/m3,0.3mg/m3,1mg/m3および3mg/m3の濃度のDEPを含むDE暴露による肺がん発生率に有意な相違は認められなかった。しかし,高脂肪食を摂取した3mg/m3群では発がん率が増加する傾向が認められ,DEの発がん性を否定することはできないと思われる。さらに,この吸入実験においては気管内投与実験とは異なり,β-カロチンは肺での発がん率を上昇させた。この結果は,ヒトにおいては,β-カロチンは発がん性を抑制するよりも促進的に作用しているという疫学的研究結果を支持することとなった。
(3)ディーゼル排気高濃度暴露集団の個人暴露量の推定とリスク評価に関する研究
ディーゼル排気暴露によるヒトの慢性呼吸器疾患発症に及ぼすリスクを評価するために,本研究では,特に高濃度のディーゼル排気等に暴露されている職域集団や地域集団を対象に,SPMとNO2の個人暴露量を推定するための調査を行い,ヒトの暴露レベルを明らかにする。また,高濃度ディーゼル排気暴露を受けている地域,職域を対象に,各地域の気管支ぜん息等の罹患率を調べ,ディーゼル排気暴露量との間の相関を調べ因果関係を明らかにし,ヒトのリスク評価に資することを目的としている。
本年度は,これまでの東京都内での調査に加えて大阪での調査結果の解析を行った。大阪においても,NO2とSPMの屋外,屋内および個人暴露量の結果は,東京での調査結果と非常に類似していた。すなわち,個人暴露量は屋内のNO2やSPM濃度と極めて相関が高く,さらにこの屋内濃度は屋外濃度と非常に高い相関性があり,その相関性はNO2よりもSPMの場合に高く,さらに2μm以下のSPMで最高の相関性を示していた。また,微小SPMの個人暴露量は屋外SPMの約5〜7割に相当することも明らかになった。
|