2.環境中の有機塩素化合物の暴露量評価と複合健康影響に関する研究(最終年度)
〔研究担当〕
| 地域環境研究グループ |
: |
森田昌敏・相馬悠子・米元純三・高木博夫・稲葉一穂・
曽根秀子・白石寛明 |
| 化学環境部 |
: |
藤井敏博 |
| 環境健康部 |
: |
青木康展・松本 理・国本 学・梅津豊司 |
| 客員研究員 6名,共同研究員 2名 |
| 下線は研究代表者を示す |
〔研究期間〕
平成4〜8年度(1992〜1996年度)
〔研究概要〕
化学物質の多方面への使用は将来にわたって増加すると予想され,それに伴い化学物質の環境への放出も増加することが考えられる。そこでどのような種類の化学物質がどのような環境に,どれだけ存在し,複合してどのような影響を環境に与えるかという化学物質の総合影響評価をする必要がある。化学物質の中でも塩素を含む有機塩素化合物は化学工業製品の中でもその種類,割合はきわだって多い。一方化審法に基づいて規制がなされている有機塩素化合物は多く,化合物の安定性,殺菌殺虫作用といった有機塩素化合物の有用性が難分解性,有毒性といった環境汚染につながっていると考えられる。
この研究では,環境に存在する化学物質,特に有機塩素化合物の健康影響を体系的に評価するために,環境中の多種類の有機塩素化合物の暴露量評価及び健康影響評価に関する研究を行い,有機塩素化合物の総合評価を目的とした。特別研究は3つのサブテーマに分かれて進められた。
(1)有機塩素化合物の暴露量評価に関する研究
ここではどういう有機塩素化合物がどこに(大気,水,土壌,底質)どれだけあるかの総合評価を目的として,イオントラップ質量分析法を用いた有機化合物の一斉分析(大気,海水,海底質,生物),都市河川(水,底質)の有機塩素化合物と有機塩素量調査,国内の塩素化合物生産量から推定した有機塩素化合物の環境放出量等の研究を行った。
その結果,環境への放出量は揮発性有機塩素化合物が多く,水や底質中の有機塩素濃度には漂白殺菌により生成する有機塩素化合物が大きな寄与をしていることがわかった。そのため,特別研究の後半では揮発性有機塩素化合物の健康リスク評価と漂白殺菌由来の有機塩素化合物についての研究を進めた。
(2)有機塩素化合物の複合健康影響評価に関する研究
in vitro系システム(神経細胞,不死化ラット肝細胞,ラット胎仔肢芽細胞)による有機塩素化合物の毒性評価,毒性機序の検討,また2種以上複数の有機塩素化合物が共存する時の毒性作用の相加性や相乗性,および細胞毒性とin vivoの毒性データとの相関を検討した。
(3)環境中有機塩素化合物の総合影響評価
ここでは有機塩素化合物の総合評価のため環境で検出される可能性のある有機塩素化合物の分析法,健康影響情報を集めリスト化した。構造と反応性と毒性の相関の研究からは実験データがない化合物に関する情報を得ることを目的とした。国内塩素化合物生産量から有機塩素化合物の環境への放出を推定し,フィールド調査の結果と比較検討し,有機塩素化合物のリスク評価法の検討を行った。その結果を含めて大気中揮発性有機化合物の個人暴露量調査を実施し,都市域の人々の健康リスク評価をした。
〔研究成果〕
(1)大気中揮発性有機化合物の個人暴露量と健康リスク評価
揮発性有機化合物36種類を対象として1日個人暴露量調査を行った。調査法は拡散サンプリング方式により被験者に24時間サンプリングチューブを所持してもらい大気中の揮発性有機化合物を捕集した。サンプル数はつくばで延べ37人(1996年6月),東京西部の大学の化学科学生延べ97人(1996年10月),東京葛飾区(1997年2月)延べ68人である。得られた1日暴露量を前年度の実験で決定した拡散係数を使用して1日平均暴露濃度に変換した。それぞれの中央値を各地域の代表値と比較した。調査で得られた1日平均暴露濃度の中央値を表1に示す。それを見ると,
(1)一般環境大気濃度より個人暴露量のほうが,濃度が高いものが多い。
(2)鼻先にある物質の影響が大きい。暴露濃度の中央値と最大値の差が非常に大きい物質がある。<
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(3)物質によって暴露の傾向が3種類にわけられる。
- 一般環境大気濃度と暴露濃度があまり変わらず,暴露濃度の地域差もない物質。
四塩化炭素,フロン11
これらは身近に汚染源のない物質と考えられる。
- 一般環境大気濃度に比べ暴露濃度が高く,つくばと東京で暴露濃度に差がない物質。
キシレン,p-ジクロロベンゼン等。
これらは室内汚染からの影響が大きい物質と考えられる。
- つくばに比べ東京で暴露濃度が高い物質。
ベンゼン,1,1,1-トリクロロエタン等。
これらは都市大気汚染の影響が大きい物質と考えられる。
個人暴露量濃度が一般環境大気濃度に比較し値が高い物質が多いので,人の健康リスクを評価する場合には一般環境大気の計測だけでは不十分であることがわかった。またベンゼンの大気環境基準指針値は3μg/m3になっているが,個人暴露量からは達成が難しい地域があると考えられた。
表1で得られた暴露濃度の中央値と発がんのunit riskを使って発がん性が認められている物質について発がんリスクの計算を行った。発がんリスクは,この暴露濃度を生涯70年吸入し続けた時発がんに至る確率であるが,その計算結果を表2に示した。クロロホルム,ベンゼン,テトラクロロエチレンは発がんリスクが10−5を超える場合があり注意が必要であることがわかった。がん以外の毒性は呼吸量を1日20m3とした1日暴露量と,経口投与で得られた体重70kgの人の最大無作用量(NOAEL)を安全係数100で割ったRFD(Reference dose)の比で比較したのが表3である。クロロホルムと四塩化炭素は大きい値になっており,注意物質であることがわかった。
(2)漂白殺菌由来有機塩素化合物
塩素や塩素化合物による漂白や殺菌はさまざまな方面で使用されており,塩素化合物による漂白,殺菌作用の結果生成する有機塩素化合物量も河川水や河川底質では無視できない量であることが,モデル計算やフィールド調査の結果判明した。そのため綾瀬川水系において漂白,殺菌由来の有機塩素量の発生源を調査し,工場とともに家庭排水も大きな発生源であることが判明した。そこで水道水中の塩素により塩素付加反応が起きた場合,問題になりそうなトリクロサンとMX(mutagenic halogen)物質について塩素付加および分解過程や分析法について検討した。トリクロサンはシャンプーや殺菌石鹸の殺菌剤として使用されているが,塩素化したヒドロキシビフェニルエーテル構造でありダイオキシンの前駆体になると言われている。塩素を含む水道水でトリクロサンを使用した時の塩素付加および分解過程の研究を行い,中間生成物である二塩素付加物の毒性が高いこと,トリクロサンは比較的塩素による分解が速くクロロフェノールを経由してクロロホルムになることが判明した。
(3)有機塩素化合物の複合健康影響に関する研究
in vitroのアッセイ系を用いて有機塩素化合物について単独及び複合影響を評価することを試みた。アッセイ系としては肝細胞,神経細胞,CHL(チャイニーズハムスター肺細胞)など性質の異なる数種の細胞を用いた細胞毒性のアッセイに加えて遺伝毒性,胎仔毒性の特殊毒性のin vitro系のアッセイを用いた。
いくつかの系を用いることにより,ある程度物質の毒性を特徴づけることができた。例えばTCEP(トリスクロロエチルフォスフェート)は細胞毒性は低いが胎仔毒性,行動毒性が認められること,ジクロロフェノールはリソゾーム機能を特異的に阻害し,胎仔毒性も認められた。o-,p-ジクロロベンゼンはガス暴露で遺伝毒性が認められた。殺菌剤であるトリクロサンとトリクロカルバンはいずれの系でも毒性が高かった等の特徴づけができた。
混合物の毒性の評価をin vitro系を用いて行った。2物質の混合系では用いた細胞,物質の組み合わせによって2つの物質の相互作用はさまざまな様相を示した。また9種類の有機塩素化合物を混合した毒性評価では相乗作用が見られ,単一物質の影響の相加作用とは異なる結果が得られた。これらの結果から混合物は混合物として評価することも必要であることが示された。
(4)ダイオキシンに関する分子軌道論的研究
ダイオキシンの毒性は,塩素の数や置換位置により大きく異なることが知られている。しかしその分子構造やイオン化ポテンシャル,電子親和力などの物理量に関する実験化学的報告例は極めて少なく,毒性とそれらの物理量との相関関係および毒性発現機構の詳細については,未だに解明されていない部分が多い。
本研究では現在考え得る最良の理論値を算出するために,abinitio分子軌道法に基づいて,ダイオキシン異性体の構造,イオン化ポテンシャル,電子親和力,電荷密度,生成熱,双極子モーメントなどの理論値を算出し,毒性との定量的構造活性相関を行うことを目標とした。毒性の指標としてRecepterBinding,AHH,およびERODのEC50値を用いた。それらの各々を非線形パラメーターとして取り扱うため,ハーセプトロン(階層)型ニューラルネットワークを用いて定量的構造活性相関を実行した。ニューラルネットワークにより,イオン化ポテンシャルと電子親和力の値が毒性と強い相関をもつことがわかった。この結果,ダイオキシンが毒性を発現する際に,レセプターと電荷移動型錯体を形成することが示唆された。
〔発 表〕D-37,E-15,b-126〜128,198,199,e-3,4,14
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