(6) 熱帯林の持続的管理の最適化に関する研究
〔区分名〕環境-地球推進 E-1
〔研究課題コード〕9901BA131
〔重点特別研究プロジェクト名,政策対応調査,研究名〕
〔担当者〕奥田敏統(生物圏環境研究領域)・唐 艶鴻・西村 千・吉田圭一郎(科学技術特別研究員)・鈴木万里子(重点支援研究協力員)・沼田真也(共同研究員)
〔期 間〕平成11〜13年度(1999〜2001年度)
〔目 的〕地球環境推進費による自然資源劣化分野に関する研究の一環として,熱帯林の減少の背景,原因などを探るとともに,その結果発生している生態系変化の現況を把握し,森林を含む地域全体の持続的管理へ向けた指針を提示するための調査・研究を行う。
〔内容および成果〕
(1)熱帯林の持続的管理の最適化に関する研究
近年,熱帯林保全へ向けた持続的管理の手法が様々な地域で模索されているにもかかわらず,森林の減少速度に歯止めがかからない。そのため,森林の持続管理に向けた的確な指針が与えられないばかりか,人類共通の資産である森林資源の枯渇を招くことにつながりかねない。この原因として,森林の持つ生態的,社会的,文化的なサービス機能が客観的に評価されていないことが指摘されている。例えば,森林の炭酸ガス吸収機能が注目され,排出権売買が現実のものとなりつつあるが,そもそも熱帯雨林の炭素蓄積機能やその循環系にかかわる要因についても十分な知見が得られているとは言いがたく,さらに生物多様性の重要性が多くの資源管理指針のなかに盛り込まれているものの森林の生物多様性が評価できるような指標策定に十分な検討が加えられていないのが現状である。そこで,本研究課題では熱帯林の保全管理のための手法を確立することを目的として1)森林の荒廃が生物生産機能及び物質循環系に及ぼす影響2)森林の荒廃が多様性の維持機能に及ぼす影響 3)森林の公益機能の環境経済的評価手法開発に関する研究を行った。
1)森林の荒廃が生物生産機能及び物質循環系に及ぼす影響
@低地熱帯林の林分動態と最近のバイオマス変動
熱帯林生態系に吸収された炭素量と放出された炭素量を定量することを目的として,マレーシア半島部のパソ保護林において天然林と択伐後に成立するの再生林を選び,両者の炭素循環について調べた。その結果,天然林と再生林のNEPはそれぞれ,−1.29MgC・ha−1・yr−1及び1.34MgC・ha−1・yr−1でほぼゼロに等しかった。このことは,程度はわずかながら,天然林は大気中の二酸化炭素の放出源になっており,再生林は逆に吸収源になっていることを示唆する。両者の森林の炭素循環で大きく異なっていた点は,天然林では樹木の死亡によるバイオマスの損失が大きく,再生林では逆に成長によるバイオマス増加量が大きかったことである。表層のリターから直接発生する二酸化炭素量(3.5MgC・ha−1・yr−1)は,鉱質土から発生する量(6.6MgC・ha−1・yr−1)に比べてはるかに小さかった。また,リターの各タイプのうち,葉リターは分解後のSOM(土壌有機物)増加・大気中二酸化炭素増加の両方に最も大きく貢献し,リターからSOMまたは大気へのフラックス合計の70-73%をしめた。表層リターからSOMへのフラックスは,表層から大気へのそれらに比べると全般的に小さかった。リターの分解残渣中の炭素量はNPPの34〜88%に相当し,系内で分解中の炭素リザーバーとしての機能を持っていた。以上のことから,現在の状態では,パソ保護林の天然生林分は二酸化炭素放出源として,再生林分は二酸化炭素吸収源として,それぞれ機能していると考えられるが,その効果は微々たるものである。よって,これらの林分は景観レベルでの炭素蓄積にとって中立的な役割を果たしていると考えた方がよい。
A天然林,二次林およびヤシ園における土壌呼吸速度の時間変動とその要因に関する研究
森林の管理様式の違いによって,土壌からの炭素放出量や土壌の質的要素(有機物量,微生物量,微生物の多様性)がどのように異なるのかを明らかにすることを目的として,天然林と二次林およびアブラヤシ園に設置した調査区において土壌呼吸速度および各種環境条件(土壌温度,土壌水分)の測定を行った。その結果,森林のGapサイト(林冠空隙下)における土壌呼吸速度の平均値は,天然林では1023mgCO2m−2hr−1,二次林では743mgCO2m−2hr−1,ヤシ園では1205mgCO2m−2
hr−1であることがわかった。天然林,二次林における日中の地温の変化は2℃,ヤシ園では5℃上昇したが,土壌呼吸速度の変化はみられなかった。地温は一年を通じてほとんど変化しないため,地温は土壌呼吸速度の制限要因にはならないと示唆された。一方,土壌呼吸速度は土壌含水率の上昇に伴って低下する傾向がみられた。これらの結果により熱帯林では,地温の変化よりも土壌含水率の変化が土壌呼吸速度の時間的変動に大きな影響を与えることが示唆された。そこで土壌含水率と土壌呼吸速度の関係から,年間の土壌からの炭素放出量を推定するための回帰式を求めた。その結果,天然林と二次林における土壌からの炭素放出量は,それぞれ1.8,1.9kgCm−2yr−1とほぼ同じであったが,ヤシ園における土壌からの炭素放出量は1.4kgCm−2yr−1と天然林,二次林に比べ低い値となった。しかし,これらの値は環境要因の変動によって大きく変化すると推測され,長期的な観測の必要性が示唆された。
B低地熱帯雨林の土壌型と土壌化学性の関連について
低地熱帯雨林の植生と土壌化学性の関連を面的に明らかにし,森林再生への際の適地適応型の樹種選抜へ資することを目的としてマレーシア保護林内の長期観測プロット内で,各土壌型の代表断面を探査し,土壌型と土壌化学性の関連についての調査を行った。具体的には,同プロット内の典型的な断面において,有機物層および鉱質土層から試料を採取し,土壌の養分含有率を測定した。その結果,有機物層では,炭素濃度は30〜40%で,窒素濃度は0.81〜0.93%,C/N比は34.7〜48.9の間にあることがわかった。P濃度は0.01〜0.14%であり,広範囲の値域を示した。その他の元素では,Alの濃度が一部土壌タイプで高くなっていた。養分元素間の関係は,CとFeとの間およびC/N比とMgの間に高い負の相関が認められ,分解の進んでいない有機物層では鉄分やMgの取り込みが進んでいないと考えられた。KはMnと正の相関を,Naと負の相関を示した。Mnは2価の元素であるがK同様に洗脱されやすい性質があることが,またNaはKが洗脱するのと相反して植物遺体中に残存することが示唆された。一般に農耕地の場合,3mg
P kg−1を下回る場合に貧栄養と言われるが,パソの土壌の場合,一部の表層土タイプを除き貧栄養状態にあると考えられた。
2)森林の荒廃が多様性の維持機能に及ぼす影響
@択伐がフタバガキ科の種子繁殖に及ぼす影響
森林伐採が森林の更新過程に及ぼす影響を明らかにすることを目的として,伐採対象樹種であるフタバガキ科が,伐採後の環境の中でどのような開花・結実・種子散布・発芽・定着を行うかを観察し,天然林内の開花,結実状況と比較した。その結果,新規に伐採が行われた択伐林の残存木の中での開花頻度は,天然林との間に差は見られなかった。しかし,繁殖に重要な開花個体密度は成熟木の個体密度と相関があり,個体密度が高いほど開花個体密度も高くなることが示唆された。すなわち,伐採により個体密度が低下した林分においては開花個体密度は天然林よりも低くなることが明らかになった。択伐林では小径木も開花に参加すると報告されており(Appanah等 1990),本調査でも同様の傾向が見られたが,それらの個体数は伐採により間引きされた成熟木の繁殖量を補償するほどの個体数には至らないことがわかった。このことは択伐の際の成熟木(親木)の個体密度の低下による近交弱勢と相まって,従来行われてきた択伐方式による森林伐採では持続的な天然更新が行われない可能性がありうることを示している。
A熱帯林構成種における遺伝構造に関する研究
マイクロサテライトマーカーを用いた遺伝的解析により同一種内個体間の血縁度を算出することが可能となっているが,さらにこのことを利用して個体の空間距離と遺伝的血縁度との相関を調べることが可能である(遺伝構造の有無)。遺伝構造は,生態特性をよく反映しており,択伐などによる成熟木の個体数の原因に伴う,遺伝的多様性の劣化を知る上での重要な生態指標となりうる。そこで低地フタバガキ林で同所的に分布するフタバガキ科樹種3種
Hopea dryobalaboides, Shorea
parvifolia, S. acuminataの遺伝的構造について調べた。その結果,H.
dryobalanoidesとS. parvifoliaで有意な遺伝構造がみられたが,S.
acuminataでは有意ではなかった。遺伝構造の差はおもに個々の種の種子散布能力(距離)の違いによるものと思われるが,同時にS.
acuminataでは自家不和合性が存在することが報告されており,種間で自家不和合性の程度差があることが示唆された。
B林床光環境における森林構造の影響
本研究では森林伐採が森林内の微気象環境や更新過程にどのような影響を及ぼすかを明らかにする目的で,パソ保護区内の択伐履歴が異なる林分(天然林分,択伐林分)において,林冠ギャップ動態及び林床微環境を比較した。その結果,択伐林分において小径木密度の増加及び大径木密度の低下がみられた。一方,択伐林分においては林冠ギャップ形成を引き起こす小規模撹乱が起こりにくいことが示唆された。また,天然林分では択伐林分に比べて,林冠ギャップ動態がより活発な傾向にあったといえるが,その一方で林床光環境は平均的に暗い傾向にあった。その原因として,択伐により樹木サイズの均質化が引き金となり林冠ギャップ率,ギャップサイズの低下することが推察された。ただし択伐による影響は樹木の光要求性は樹種間で大きく異なるため,今後樹種の光要求性に関する詳細な研究が必要である。
3)森林の公益機能の環境経済的評価手法開発に関する研究
熱帯雨林の社会経済的評価価値を明らかにすることを目的として,マレーシアの農山村部およびその周辺の中小都市においてコンジョイント分析を行うための現地聞き取り調査を行った。その結果,保護林を1ha増やすため国民はRM48(マレーシアリンギット)ほどの税金支出を受容し,生産林を農地に転用することに対して1ha当りRM78ほどの税金の支出を受け入れるべきであるという住民の意識が明らかになった。さらに,熱帯林に対する選好に基づき因子分析およびクラスター分析を用いて分類したデータを用いてコンジョイント分析を試みた。その結果,例えば森林保護の意識が高いクラスター「森林共存型」では,保護林に対する評価が高くなった。このように,それぞれのクラスターの特徴と整合的な推計結果が得られた。
〔備 考〕
研究代表者:奥田敏統
共同研究機関:森林総合研究所・島根大学・都留文化大学・岐阜大学・東京都立大学・新潟大学・自然環境研究センター・マレーシア森林研究所・マレーシアネグリセンビラン州林野局・マレーシアプトラ大学・マレーシア工科大学
共同研究者:山下多聞(島根大学)・坂田有紀子(都留文化大学)・小泉 博(岐阜大学)・小沼明弘(新潟大学)・Nor
Supardi(マレーシア森林研究所)・足立直樹(科学技術振興事業団)・市河三英(自然環境研究センター)・栗山浩一(早稲田大学)・可知直毅・沼田真也(東京都立大学)・星崎和彦(秋田県立大学)・倉内敦史・若杉和代(日経リサーチ)・Mahdan
Bonkik(マレーシアネグリセンビラン州林野局)・Muhamad
Awang(マレーシアプトラ大学)・Mazlan Hashim
(マレーシア工科大学)
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