1.4 オゾン層変動及び影響の解明と対策効果の監視・評価に関する研究
(1) オゾン層の回復を妨げる要因の解明に関する研究
〔区分名〕環境-地球推進 A-1
〔研究課題コード〕9901BA156
〔重点特別研究プロジェクト名,政策対応型調査・研究名〕V.1.2 成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明
〔担当者〕今村隆史(成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクトグループ)・中根英昭・秋吉英治・杉本伸夫・松井一郎・畠山史郎・猪俣 敏
〔期 間〕平成11〜13年度(1999〜2001年度)
〔目 的〕現在の成層圏中の有機ハロゲン濃度はほぼピークに達し,緩やかな減少傾向に転ずる時期にある。しかしその一方で,最近の成層圏オゾン濃度の変動は1990年代に入ってからの北極域での急激なオゾン減少や中緯度域での長期のオゾン減少傾向など,大気中のハロゲン濃度の減少に呼応してオゾン層が率直に回復するとは限らないことを示唆している。そこで本研究では,極域ならびに中緯度域での成層圏オゾンおよびその破壊関連物質の観測,長期気象データを利用した極域の長期変動実態の解析,成層圏プロセスを含んだ大気大循環モデルの確立,観測と数値モデルの不一致要因として考えられている気相ならびに不均一系の化学反応プロセスの定量化を通して地球温暖化の進行や大気組成変動などに対するオゾン層の応答を明らかにすることを目的とする。
〔内容および成果〕
極域成層圏オゾン破壊で重要な役割を果たしていると考えられている極渦に関し,長期変動実態を明らかにするための指標の確立とその長期トレンドや年々変動の南北両半球間の比較を行った。その結果,極内外の輸送を制限している極渦の強さは,南北半球とも強度が増加する傾向にあることが分かった。
極渦のエッジ領域でのオゾン破壊は,極渦内と比較した場合,エアロゾル量や力学過程の違いなどから,必ずしも共通であるとは言い難い。そこで本研究では,極渦のエッジ領域が到来し得る東シベリアヤクーツク及びウラル山脈東側に位置するサレクハードにおいてオゾンゾンデ観測を行ったが,2002年には,大規模な北極域オゾン減少は起こらなかった。1996年のヤクーツク及びスピッツベルゲン上空のオゾン破壊について,非断熱効果を含むトラジェクトリー光化学ボックスモデルによるシミュレーションを行い,オゾンゾンデによる実測データと比較した。極渦エッジ領域においても極渦内部と同程度のオゾン破壊が起こっているという点で観測とモデル計算結果が一致した。ただし,極渦エッジ領域では初期濃度が高いため初期濃度に対する比率(%)で表されたオゾン破壊の程度は小さい。
極域でのオゾン層破壊は,極渦の運動や崩壊に伴い,中緯度域でのオゾン濃度に影響を及ぼす。よって,極域から中緯度へのオゾン層破壊物質の輸送の動態の解明は重要な課題である。本年度は,1997年の極渦崩壊後の極渦気塊の中緯度への輸送について,等温位面上のラグランジュアンモデルを用いた解析を行った。その結果,極渦崩壊後の気塊が,分裂後もそれほど中緯度の空気と混合せずに,日本上空に達することがあることを示した。この結果は,三陸における気球観測等により確認された。
極渦内の空気塊が極渦の崩壊に伴い,中緯度の空気と混合する過程は3次元ナッジング化学輸送モデルを用いて,冬の極渦内起源の低濃度N2Oの気塊の極渦崩壊後の混合を再現する事でも調べられた。低濃度N2O空気塊は北極渦崩壊後の5月中旬から7月15日まで北極の周りを時計回りに約2周回って北極の中心に近づき,動きが止まるまで数回気塊の伸びを経験し,その度に周囲との濃度コントラストを弱めていった。低濃度N2O空気塊がこの伸びを経験するときの,濃度コントラストの弱まりの原因の一つは,温位面に水平な,等温位面上での混合が起こるためである。一方,このとき空気塊は鉛直方向には西に傾いており,そのうち東風の鉛直シアーによってこの低濃度N2O空気塊の傾きが大きくなり,ついには引き裂かれて鉛直方向に周囲の空気との混合が起こり濃度コントラストが弱められていく効果も,水平方向の等温位面内の混合に劣らず大きいことが化学輸送モデルによる計算によって確認された。水平方向の混合とともにこのような鉛直方向の混合も起こり,極渦崩壊後の低濃度N2O空気塊の濃度コントラストが弱められていったと考えられる。これらのN2O空気塊の極渦崩壊後の混合に関する知見は,極渦内でのオゾン破壊によって生じたオゾン濃度の低い空気塊の中緯度へ拡散・混合を明らかにする上で重要である。
中緯度域でのオゾン層破壊は,中緯度でのオゾン分解のほか,極域からオゾン破壊された空気塊が到来することによっても引き起こされる。中緯度域の代表点の一つとして,つくばにおいてフーリエ変換赤外分光計を用いて,オゾン,HC1,HF,硝酸の気柱全量(濃度)を3年間観測してきた。どの気体成分も春に高く夏から秋にかけて低いという季節変動が見られた。これは大気大循環による輸送の効果によるものであるが,極域成層圏におけるオゾン破壊の影響を受けないHFを輸送のトレーサーと考え,他の分子とHFの濃度の相関をとると,大部分のデータは直線的な正の相関を示した。すなわち,輸送の効果によって濃度変動が説明できた。しかし,2002年2月20〜23日のオゾンとHC1濃度はHF濃度から期待されるよりはるかに低く,極域成層圏雲がかかわる極域オゾン破壊の影響を受けていたと考えられる。硝酸濃度は若干低めであるがHF濃度から期待される範囲に入っており,1996年,1997年,2000年にみられたような巨大粒子の生成による硝酸の枯渇を介した激しいオゾン破壊はなかったと見られる。他方,激しい極域オゾン破壊のあった2000年において,極域気塊のフィラメントがつくば上空を通過した3月26日にオゾン,HC1,硝酸の減少がみられなかったことは注目すべき結果であり,今後詳細な解析が必要である。
中緯度域でのオゾン分解に成層圏硫酸エアロゾルが関与していることはピナツボ火山噴火後のオゾン破壊の増幅によって,観測されている。そこで今後の火山噴火による影響予測のためにも,エアロゾルの増大がどのようなメカニズムを通してオゾン破壊に関与しているかを解析することは必要である。
まず,1991年のピナツボ火山噴火によって成層圏硫酸エアロゾル量が急増後徐々に減少していった事例について,気球観測による火山噴火後に典型的な成層圏硫酸エアロゾルの粒径分布データ,レーザレーダによるエアロゾルの鉛直分布データ,衛星によるエアロゾルの光学的厚さのデータから,鉛直1次元光化学−放射結合モデルによるオゾン破壊の計算に必要な,エアロゾルの表面積の時間空間分布を算出した。この硫酸エアロゾルの表面積の時間空間分布を,鉛直1次元光化学−放射結合モデルに入力して,オゾンなどの大気微量成分濃度と気温の変動の計算を行った。その結果,増加した硫酸エアロゾル上での不均一反応によるオゾンの減少により,火山噴火後の成層圏気温の上昇は,微量成分濃度の変動よりも短期間で解消されることがわかった。また,対流圏の気温変動に関しては,火山爆発後約半年くらいまでは,増加した硫酸エアロゾルが地表に到達する太陽光を減衰させて対流圏気温の低下が起こり,それに続く約半年間で,エアロゾルによる赤外温室効果の増大によってこの気温低下が半分以上回復し,さらにその後は,成層圏下部のオゾン減少によって引き起こされた温室効果の縮小による対流圏気温の弱い低下が2〜3年間持続するという複雑な変動パターンを示すことがわかった。また,臭素系物質の,硫酸エアロゾル上での不均一反応を通してオゾン破壊に及ぼす影響は大きく,ピナツボ級の火山爆発の場合,オゾン破壊量は臭素系物質を全く考慮しない場合に比べて約2倍程度になることがわかった。
火山噴火の影響は,CCSR/NIES大気大循環化学モデルでも数値実験によって評価を試みた。前年度大循環化学モデルにOCS,SO2,H2SO4などの硫黄系物質の基礎光化学反応の導入を終え,火山爆発のない平穏時の硫酸エアロゾルのグローバルな分布を得ることができたので,今年度は,1991年6月に起こったピナツボ火山(15N,125E)の大爆発によって急増した,成層圏硫酸エアロゾルのオゾン層及び気候への影響を,このモデルを使った数値実験により調べた。火山噴火後の下部成層圏気温が約1年のタイムスケールで2〜3K上昇すること,この温度上昇は,硫酸エアロゾル上での不均一反応によるオゾン破壊によって持続期間が限られること,火山噴火により大量に放出されたSO2ガスによってOH濃度が減少すること,火山爆発が熱帯で起こり,初期の段階では硫酸エアロゾルが中低緯度に局在していたため,赤道と極の間での気温勾配が大きくなり,これが冬の極渦を強化し,エアロゾルの極への拡散を幾分妨げたこと,また,この硫酸エアロゾルによって起こされた成層圏の気温の変化が,対流圏や地表の気温分布に影響を与えたことなどが,この3次元大循環化学モデルによる数値実験によって明らかとなった。
成層圏硫酸エアロゾルの増大は,エアロゾル上での不均一反応を加速しうる。現在のモデルと観測の不一致問題の一つとして,NOxとそのリザーバー(NOy)との比が問題となっている。すなわち,NOyからNOxへの変換の促進過程の存在を必要とする点にある。ホルムアルデヒドを介したHNO3→NOx変換に関しては,その不均一反応で生じるギ酸の検出の可能性を指摘したが,ギ酸もまた,更なる変換を起こす可能性がある。測定された,不均一反応に係わる物理・化学パラメーターは,ギ酸とHNO3との溶液反応速度が拡散律速程度で進むなら,更なる変換に関与すること,その際の変換速度の律速はホルムアルデヒドの取り込み過程であり,ギ酸のプロセスが律速を決めていないことが示唆された。
〔備 考〕
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