2.4 環境研究総合推進費による研究(未来環境創造型基礎研究)
2.遺伝子地図と個体ベースモデルにもとづく野生植物保全戦略の研究
−サクラソウをモデル植物として−
〔担当者〕
| 生物圏環境部 |
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竹中明夫・鷲谷いづみ*
(*東京大学農学生命科学研究科) |
〔期 間〕平成12〜14年度(2000〜2002年度)
〔目 的〕野生生物の個体群における遺伝子の流動,自然選択,遺伝的浮動およびそれらが個体群の空間構造などとの相互作用のもとに適応的な遺伝形質の変異に及ぼす影響を量的に把握することは,生物多様性の保全を進めるうえで重要な課題である。特に,遺伝子の多様性を考慮した生物多様性の保全戦略や環境影響評価,実効性のある環境緩和策の立案における個体群や種の存続性の分析や予測などにおいてはこうした研究が欠かせない。しかし,これまで野生植物を対象とした遺伝子流動や集団の遺伝的変異の評価においては,もっぱら分析の容易な中立遺伝子がマーカーとして用いられてきており,生物の生存と直接かかわる適応的形質の遺伝子についての研究はきわめて不十分な段階にある。
本研究では,日本の野生植物の中でもっとも多くの生物学的・生態学的情報を蓄積しているサクラソウを他殖性植物のモデルとしてとりあげる。遺伝子地図と個体ベースモデルを活用して,個体群の存続可能性と深くかかわる量的形質を支配する遺伝子群の動態や,個体群の存続性などを詳細に分析する。その成果に基づいて,遺伝子の多様性と個体群の存続に必要な条件,保全のありかたや指針を検討する。
〔内 容〕本研究では,適応的形質を支配する遺伝子座(QTL)および中立的形質を支配する遺伝子座の遺伝子地図上へのマッピングを行う。また,個体の空間的な位置,微環境条件,種子繁殖に及ぼす花粉媒介昆虫との相互関係,適応度に大きな効果をもつQTLや質的適応形質座位の遺伝子型,中立遺伝子座位の遺伝子型などを組み込んだ個体ベースモデルを開発する。これらの研究手法を活用して生物多様性保全のための基本的な指針と有効なモニタリング手法を明らかにする。本研究は以下の5つのサブテーマからなっている。
(1)サクラソウ野生個体群および復元個体群の遺伝/個体群動態の分析及びモニタリングでは,QTLに支配される形質の測定のために,制御環境のもとでの厳密な交配と実生育成および栽培,さらには制御環境および野外環境での栽培を行い,様々な適応的形質を実測し,QTLマッピングへの情報を提供する。また,自生および復元個体群の遺伝的構造および個体群動態,花粉流動を測定・分析する。
(2)サクラソウゲノムマッピングとQTL解析に関する研究では,地図の基礎となる多数の中立DNAマーカーの開発ならびに遺伝子連鎖地図の作成及びQTLマッピングを行う。
(3)他殖性植物におけるQTLマッピング理論の開発に関する研究では,他殖性植物における地図化理論の開発ならびに地図情報の自然集団への適応理論を開発する。
(4)遺伝子地図情報に基づくサクラソウ個体群の遺伝構造の解析に関する研究では,多数の中立遺伝子によるサクラソウ集団の遺伝構造の解析ならびに集団内および集団間での遺伝子流動の推定を行う。
(5)サクラソウ個体群の個体ベースモデルの開発に関する研究では,以上のサブテーマの研究成果を踏まえて,遺伝情報も組み込んだ個体ベースモデルを作成し,サクラソウ個体群の動態,遺伝子の流動,遺伝的多様性の動態などを解析する。
〔成 果〕
(5)サクラソウ個体群の個体ベースモデルの開発に関する研究
サクラソウ個体群を表現するモデルの全体構造を検討した。サクラソウは,栄養繁殖を行い,遺伝的に同一のシュート(ラメート)の数を増やすことで,遺伝的な意味での個体クローンを拡大していく。モデル化するうえで,ラメート単位では詳細に過ぎ,クローン単位では粗すぎてさまざまなプロセスを組み込みにくくなると判断し,地面を碁盤の目状に区切って各マス目の状態を記録していく格子モデルを採用することとした。マス目の大きさは,野外調査データの解像度とも対応させて適切なものを選択する。各マス目は,サクラソウが占めるか,他の種の植物が占めるか,ないしは空き地の3つの状態のいずれかをとる。植物により占められているマス目は,それらの植物の死亡により空き地となる。空き地は,隣接する植物の栄養繁殖か,散布された種子に由来する個体かにより埋められていく。この全体構造を踏まえて,サクラソウのクローンの拡大速度と部分的な死亡の頻度,新個体の定着の頻度,種子の散布パターン,花粉の散布パターン,花粉を介した遺伝子の交換,遺伝的なタイプに基づく和合性・不和合性の区別などを組み込んだモデルのプロトタイプを作成した。
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