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研究成果物


2.3 環境研究総合推進費による研究(地球環境研究)


7.生物多様性の減少に関する研究


〔担当者〕

地球環境研究グループ 高村健二・椿 宜高・原島 省・永田尚志・五箇公一・くぬぎ正行
社会環境システム部 田村正行・清水 明・山野博哉
     下線は研究代表者を示す


〔目 的〕
 地球上には様々な生物が生存しており,推計では1000〜3000万種の生物が存在していると言われている。このような生物多様性は生命の誕生以来,40億年をかけた進化によって形成されたものであり,人類の生存の基盤をなす重要なものである。このため,1992年6月の地球サミットにおいて署名された生物多様性条約は1993年12月に発効した。我が国も1993年3月に条約を批准し,締約国となった。さらに,我が国では1995年10月に地球環境保全に関する関係閣僚会議において生物多様性国家戦略が決定され生物多様性保全の取組が方向付けられた。
 地球環境研究総合推進費による生物多様性減少分野の研究では生物多様性減少の機構解明,野生生物の生息地内外の保全手法の開発,アジア地域熱帯林の減少に伴う生物多様性への影響解明,野生生物の保護地域の設定基準の検討,サンゴ礁の生物多様性維持機構の解明を行なってきたが,これらの成果を土台に新しい研究手法・概念を取り入れて生物多様性の保全を体系的に進めるための研究を行う。


〔内 容〕
(1)地理的スケールにおける生物多様性の動態と保全に関する研究
 野生生物が絶滅に至る主要な原因は人間の開発行為による生息地の破壊・変質であ る。生息地の破壊・変質は生息地の縮小と分断化を伴う。縮小の影響に関しては,これまでの研究(国内外および過去の地球推進費による研究)によって知見が蓄積されてきた。しかし,分断化の影響については,地理学的情報とこれまでの知見を統合した新しい研究展開が必要である。分断化は人間活動によってもたらされるものであるから,その影響を評価するために集水域における人間活動域と野生生物生息域の広がりの歴史的変化を地理的情報システム(GIS)データベースの構築によって把握した。また,バイオトープ間の相互作用,野生生物のメタ個体群動態の解析,新しいバイオトープへの非土着生物の侵入影響評価等から,生息地の縮小・変質が野生生物の生存に及ぼす影響を解析した。
(2)アジア太平洋地域における森林及び湿地の保全と生物多様性の維持に関する研究
 アジア太平洋地域においては,近年,人間活動の影響を受けて,森林,湿地の面積が急速に減少しつつある。森林と湿地の減少はそこを生息地とする野生生物にとって生息環境の劣化を意味し,少なからぬ生物種が生息数の減少あるいは絶滅の危機にさらされている。このような背景のもとで,森林及び湿地を保全し生物多様性を維持するには,森林と湿地の分布及びその周辺の土地利用変化の実態を把握し,森林と湿地の利用も視野に入れた持続的管理のあり方を探ることが急務である。
 本研究は,アジア太平洋地域を対象として,1)森林及び湿地の減少と劣化の実態を,文献・地図情報,現地調査,衛星データ等を用いて把握すること,2)森林・湿地面積の減少など野生生物の生息環境の悪化が,森林・湿地植生と野生生物との共生関係に与える影響を,現地調査,衛星無線追跡,地理情報システム等により解明すること,及び以上の結果を踏まえて,3)森林及び湿地の保全と生物多様性の維持に向けて提言をまとめることを主要な目的とする。
(3)サンゴ礁生態系の撹乱と回復促進に関する研究
 サンゴの成長・劣化を表すモデル構築のためには,その変化のパラメータが必要である。この変化は数年〜10年程度の時間スケールで起こるため,それを時系列的にカバーするデータ取得として,以下の2通りの方法をとった。
 成長が遅く骨格が堅い塊状サンゴについては,その骨格標本を採取し,蛍光顕微鏡による年輪解析により成長速度を推定する。ただし,大勢を占める卓状ミドリイシについては,成長は速いものの骨格が破壊されやすく,そのような手法がとりにくい。また,従来の永久コドラートを用いたセンサス手法では,群体の成長,空間的条件付け,または群体間の相互作用などが客観記述されない。このような条件を考慮し,八重山諸島黒島周囲のトランセクトにおいて1994年より継続している水中画像の取得とアーカイブ作成を延長し,年次間比較から成長パラメータを求めた。特に,1997年からは2台の水中カメラの並列により立体画像の取得を行い,空間的条件の記述が的確になっている。
 また,卓状ミドリイシ群体の成長を想定したメッシュモデルを作成し,サンゴ群体の相互作用(干渉)がない条件,すなわち最大の増殖速度での基礎的な計算を行った。


〔成 果〕

(1)地理的スケールにおける生物多様性の動態と保全に関する研究
 1)野生動物の潜在生息地を推定する手法の開発
 近年のメタ個体群の概念の発達により,野生動物の分布情報そのものよりも,むしろ生息可能なハビタットの分布情報のほうが保全施策には有効であることが認識されつつある。また,野生動物の分布情報はきわめて断片的で不完全であることが多いこと からも,潜在生息地推定手法の確立が望まれている。この研究では生息地の好適性の評価関数を用いて,不完全な分布情報から潜在的な生息地を推定する手法の開発を行った。この手法は3つのステップにより構成される。まず,生息地条件として重要そうなパラメータをリストアップし,その類型化を行う。類型化にはクラスター分析などが有効で,クラスターに分類された条件のうち,面的情報に変換可能なパラメータを選定してクラスターの代表値とする。第2に,類型化された生息地パラメータと分 布情報との連関を解析することによって,必要なパラメータを絞りこむ。第3に,絞りこまれたパラメータの総合評価(算術平均,幾何平均,最小値選択など)によって,GIS上の各ロケーションごとに生息地の好適性を評価し,点数化して地図上で表現する。この手法は,好適と判断された未調査のロケーションを野外調査を行うなどによって検証が可能である。カワトンボの潜在生息地の推定を行ったところ,現実の 分布とのかなり良い一致が見られた。
 2)バイオトープの地理的分布と野生生物個体群サイズとの連関の解析
 霞ヶ浦周辺のヨシ原の変化がヨシ原に生息するオオヨシキリの個体群に与える影響を解析するために,環境庁の第2回自然環境保全基礎調査の植生図(1978〜80年)と国土地理院の最新の航空写真(撮影1997〜99年)から作成した植生図を使って,霞ヶ浦周辺のおよそ2000km2の地域のヨシ原の分布の変化を解析した。霞ヶ浦周辺におけるヨシ原の総面積は約30km2であり,全体の約1.4%にしかすぎない。ヨシ原の総面積は20年間で約7%減少しているものの,ほとんど変化はない。しかし,霞ヶ浦周辺のヨシ原のうち利根川のヨシ原の分布には変化が見られないものの,霞ヶ浦湖岸のヨシ原は激減し,周辺水田地域で放棄水田由来のヨシ原の増加が認められた。ヨシ原の平均面積は,20年前には平均14.2±1.9ha(783カ所)であったものが,現在は3.1±0.32ha(857カ所)へと減少し,断片化が進んでいることがわかった。この地域のオオヨシキリの平均なわばり密度(14.4/ha)から総個体数を計算すると,20年間でヨシ原の総面積はほとんど変化していないにもかかわらず,ヨシ原の断片化によりオオヨシキリの個体群は約1/4に減少したと推定された。
 3)農耕地河川流域に生息するトンボ類の生息場所利用
 農耕地を流下する河川の周辺には水田・畑地・果樹林・草地・植林地・雑木林などの野生生物にとっての生息場所が河川を挟み込むように位置している。これらの生息場所を利用する野生生物は多くの場合,季節や生物自身の生活史段階に応じて複数の生息場所を使い分けて利用している。この利用様式はそれぞれの生息場所で利用可能な資源が季節とともに変化することに応じていると考えられるが,その資源の存在様式がこれらの生息場所における生物多様性の動態の鍵になると考えられる。本研究では,これらの生息場所を横断的に利用することの多いトンボ類成虫についてその分布の季節変動を観測し,生息場所の資源動態との関連やそのトンボ種による特性を明らかにするために進めているものである。本研究の実施によって,農耕地河川周辺の環境の生物多様性保全の観点からの評価が可能になるものと考えられる。
 本年度は,河川周辺の生息場所を横断する径路にそってトンボ成虫の個体数計数を種毎に行った。調査によって確認されたトンボ成虫は14種に及んだ。このうち4種を除いた全ての種が森林で未成熟期を過ごすことが確認された。またそのうち5種は森林外の水田あるいは河川での繁殖行動が確認された。さらに,この5種は総観察個体数上での上位5種にあたるので,森林で未成熟成虫期を過ごし,森林外の水域で繁殖を行う種が農耕地河川周辺では優占することが示唆された。
 4)非土着生物侵入による生態影響
 ハウストマト用の花粉媒介昆虫セイヨウオオマルハナバチはヨーロッパ原産であるが,現在日本では年間5万コロニーが輸入・使用されている。ハウスから逃亡した個体が野生化して在来のマルハナバチと雑種を作ることが懸念されている。野外より在来のマルハナバチを採集し,電気泳動法で分離されるアロザイム変異によりセイヨウオオマルハナバチの遺伝子浸透が起きていないかをモニタリングした。その結果,野外での雑種化の進行は認められなかった。セイヨウオオマルハナバチによる生態影響を軽減する代替策として在来マルハナバチの商品化が進められている。しかし,在来種が商品として流通する場合,地域個体群の遺伝子組成をかく乱する恐れがある。商品化が進められているオオマルハナバチおよびクロマルハナバチの野外個体群におけるミトコンドリアDNA変異およびマイクロサテライト変異を調べた結果,オオマルハナバチについては北海道の個体群と本州以南の個体群間に,またクロマルハナバチについては本州の個体群と九州の個体群間に遺伝的分化が生じていることが判明した。商品化にあたっては,こうした地理的分化を考慮した採集・製品流通を行う必要があることが示唆された。
〔発 表〕A-12,26,27,34〜36,43,a-28,30,48,54,56,83

(2)アジア太平洋地域における森林及び湿地の保全と生物多様性の維持に関する研究
 1)アジア太平洋地域における湿地性渡り鳥の移動経路と生息環境の解析及び評価に関する研究
 衛星トラッキングと衛星画像解析を組み合わせることにより,極東ロシアから中国にかけての地域で,タンチョウとコウノトリの渡り経路と生息地環境を調べた。衛星トラッキングにより,鳥の位置データを自動的に取得することが可能であり,衛星画像データにより定期的に生息地環境を解析することが可能となった。これらの解析により以下のような結果が得られた。@アムール川流域の繁殖地における鳥の行動範囲は,年毎に異なることが分かった。1998年の夏期には,ほとんどの鳥が直径10〜15kmの限られた範囲に留まっていたのに対し,1999年の夏期には,鳥の行動はより広範な範囲に散らばっていた。また,アムール川流域の繁殖地のなかで,時期によって居場所を変えた鳥もいた。このような鳥の行動パターンの違いは気象条件によって引き起こされる食物条件の違いによるのではないかと推定される。Aアムール川流域の繁殖地では,両種の鳥ともほとんど自然湿地の中に留まっていた。約80%の鳥の位置データが湿地の中にあった。これは,この地域の自然環境が良好な状態に保全されていることによると思われる。B東アジアにおけるタンチョウとコウノトリの渡り経路を明らかにすることができた。中国東北部では,アムール川流域から遼東湾岸まで二つの経路を渡って行く。一つは嫩江沿いに湿地帯を辿る経路,もう一つは松花江沿いの経路である。遼東湾岸からは渤海湾岸を辿って黄河河口まで移動する。(一羽のタンチョウは,例外的に朝鮮半島の非武装地帯に渡った。)黄河河口からは,タンチョウは塩城干潟に移動しそこで越冬した。これに対しコウノトリは揚子江流域(1998年は武漢湖沼地帯,1999年はポーヤン湖周辺)に渡りそこで越冬した。C中国国内では,両種の鳥とも自然湿地よりは農地にいる頻度の方が高かった。農地に高頻度に滞在するということは,人との接触,穀物の摂取,農薬による汚染など,鳥の生存にとって好ましくない現象が起きている可能性を示唆しており,さらなる調査が必要である。
 2)ロシア北方林の生物多様性の解析及び共生系に与える森林攪乱の影響評価
 ハバロフスク近郊の北方林を対象として,文献・地図情報,現地調査,衛星データ等により,開発や森林火災による森林の減少と劣化の実態を調査し,生態系の攪乱が植生と野生動物との共生関係に与える影響を,環境・経済・管理システムの視点から解析した。
〔発 表〕C-21,c-22

(3)サンゴ礁生態系の撹乱と回復促進に関する研究
 黒島港北のトランセクトから得られた水中画像アーカイブからは,1994年当時のサンゴはオニヒトデの食害からの回復の途次にあり,群体間に裸地がみられた。1998年夏には白化現象が起こったが,2000年夏にはその影響も目立たなくなった。また,クシハダミドリイシ(卓状)の成長が速く,それに日光を遮られた(または水通しを妨げられた)キクメイシ群体が次第に劣化・死滅する過程がみられた。
 モデルでは,1×1mのコドラートを含む2.56×2.56mの正方形領域を考え,256×256のメッシュを切った。計算手順としては,あるサンゴ群体(卓状ミドリイシ)がこのメッシュを完全に占める場合このメッシュのサンゴ占有率を1,そうでない場合には0とする。群体の縁辺では0と1の中間の値とし,隣接するメッシュからのサンゴの水平的成長でそのメッシュの占有率が増加する。サンゴの成長率は 1)光条件 2)サンゴポリプのプランクトン摂食 3)サンゴの骨格形成の様式 4)サンゴへの環境ストレスの強さ 5)ほかのサンゴ群体あるいは他の生物との相互作用(干渉,闘争)のような因子によると考えられるが,現在のところブラックボックスである。
 また,1994年以降のアーカイブでは,群体間の相互作用も窺われたので,さらに以前の1989〜1991年に海中公園センター調査で得られたネガからアーカイブを作成し,水平成長率を概算した。このパラメータに基づいて計算した結果,年次変化がおおまかに再現されたが,形状の詳細は原型とやや異なった。現時点では,現象を「シミュレートする」という意味よりも,モデル結果と原型の差異から基礎的な因子を探る段階であるが,今後モデルの精度を高めて行く予定である。
〔発 表〕a-88


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