2.3 環境研究総合推進費による研究(地球環境研究)
1.オゾン層の破壊に関する研究
〔担当者〕
| 地球環境研究グループ |
: |
鷲田伸明・今村隆史・秋吉英治・中島英彰・杉田 孝 |
| 地域環境研究グループ |
: |
中嶋信美 |
| 化学環境部 |
: |
中杉修身 |
| 環境健康部 |
: |
遠山千春・小野雅司・青木康典・藤巻秀和 |
| 大気圏環境部 |
: |
笹野泰弘・中根英昭・神沢 博・畠山史郎・猪俣 敏・杉本伸夫・松井一郎 |
| 廃棄物研究部 |
: |
酒井伸一・大迫政浩 |
| 地球環境研究センター |
: |
横田達也 |
| 客員研究員 3名,共同研究員 5名 |
| 下線は研究代表者を示す |
〔目 的〕
モントリオール議定書などに基づくオゾン層破壊物質の排出規制の結果,成層圏中のフロン・ハロンをはじめとした有機ハロゲン化合物濃度は現在ほぼピークに達しており,緩やかな減少傾向に移りつつある。しかしながらピナツボ火山噴火に伴うオゾン層破壊の増幅や1990年代に入ってからの北極域での急激なオゾン破壊の進行を始め,南極オゾンホールの規模拡大や中緯度域での長期減少トレンドの継続などはオゾン層がハロゲン濃度のみに依存しているわけではないことを示唆しており,回復を遅らせる要因を明らかにすることが望まれている。また,オゾン層破壊の進行により地上に降り注ぐ紫外線量が増大していることがこれまでの地上ならびに衛星データの解析から明らかになってきており,今後懸念されるオゾン破壊の長期化がもたらす紫外線増大・長期化の影響評価とその定量がますます必要となっている。一方,規制対象物質の一部には大気中濃度の減少が期待されるほど進んでいないものもあり,排出抑制に向けたシステムの構築が望まれている。
そこで,地球環境研究総合推進費では,これまでのオゾン層変動の定量化と今後のオゾン層の回復をコントロールし得る要因の機構解明を行うこと,オゾン層破壊物質の規制をより確実かつ効果的にするための技術・社会システム設計,衛星を用いた今後のオゾン層監視のための計測およびデータ処理システムの構築を行うこと,長期化が懸念されるオゾン層破壊による人の健康ならびに生態系への紫外線影響の定量化を行うことを目的としている。
〔内 容〕
(1)オゾン層の回復を妨げる要因の解明に関する研究
北極域でのオゾン層破壊実態の観測,長期の極渦変動トレンドの解析,温暖化ならびに大気組成変動に対するオゾン層の応答を予測するための3次元モデルの開発とその充実のための化学・物理過程の解明を行う。
(2)オゾン層破壊物質及び代替物質の排出抑制システムに関する研究
オゾン層破壊物質や地球温暖化に影響する代替物質について,大気への排出を従来より大幅に削減するための使用・回収・分解・代替の現実的な新しい技術システムを開発・確立すると同時に,それら技術を実用化するための技術・社会システムの現状を解析し,改善方法を提示する。
(3)衛星利用大気遠隔計測データの利用実証に関する研究
ILASデータの品質評価,シミュレーション等に基づいた太陽掩蔽法大気センサー(ILAS-IIならびにその後継機(SOFIS))によるオゾン層破壊ならびに温暖化関連物質の測定データ処理手法の開発,衛星搭載ライダーによる雲等の観測データの処理システムの開発を行う。
(4)紫外線の増加が人に及ぼす影響に関する研究
長期化する可能性のあるオゾン層破壊がもたらす紫外線暴露に対する健康影響について,現実性の高いオゾン層減少シナリオに基づく紫外線変動の推定,疫学的ならびに実験的研究結果に基づいた健康影響の大きさの評価,効果的な防御方法の検討を行う。
(5)紫外線増加が生物に及ぼす影響の評価
太陽光紫外線による植物の遺伝子損傷によりどの程度の突然変異が起こって,そのうちどの程度が次世代に伝わるのかを調べるために,突然変異の蓄積量のモニターを可能とする指標植物の開発を行う。また,遺伝子損傷の修復機構について解明する。
〔成 果〕
(1)オゾン層の回復を妨げる要因の解明に関する研究
極渦は極域でのオゾン層破壊を大きくコントロールしている因子であり,それ故,極渦の強度,大きさ,安定性,極渦存在期間の変動解析を行うことは重要である。本年度は1959年から2000年の間の南北両半球における極渦について,NCEP再解析データを用いた渦位解析を行った。極渦の活動を表す指標として,極渦強度,安定性,半径,極渦存在期間の4つの指標を定義することが可能であった。これらの指標に対し,南北両極の極渦の長期トレンドとして,@極渦強度は南北両半球とも正のトレンドを持っている A極渦半径は,北半球では正のトレンド,南半球では負のトレンドを持っていることを明らかにした。
東シベリアヤクーツク及びウラル山脈東側に位置するサレクハードにおいてオゾンゾンデ観測を行い,極渦内のオゾン減少に関する情報を得た。また,1995年以降のヤクーツクにおける極渦内オゾン破壊について,非断熱効果を含むトラジェクトリー光化学ボックスモデルによるシミュレーションを試みた。
北海道陸別町の「陸別宇宙地球科学館(銀河の森天文台)」に設置したミリ波分光計による観測データの予備的な解析によると,2001年2月19日,20日に極渦到来に対応すると見られる明瞭なオゾン減少が見られた。つくばにおいてフーリエ変換赤外分光計によるオゾン及びオゾン層破壊関連物質の気柱全量の観測を継続した。
オゾン層破壊に関して,NOxは極めてユニークな役割を有している。すなわち,直接的なオゾン破壊と他のオゾン破壊サイクルの停止反応としての両面がある。このNOxに関するモデルと観測の食い違いを解消する可能性のある反応として考えられている,ホルムアルデヒドを介したHNO3→NOx変換の可能性の検証として,生成物の一つであるギ酸の検出の可能性を実験的に確認した。
オゾン層破壊の定量化と将来予測を目指したモデル研究として,CCSR/NIES大気大循環モデル(AGCM)を用いた,成層圏硫酸エアロゾル分布の数値再現実験ならびに成層圏オゾンとエアロゾル分布の関連について調べた。その中で,火山噴火後のエアロゾル生成の時間的ずれは大量のSO2の流入がOHラジカルの低下をもたらした結果であることがわかった。
前年度までに開発を行ったAGCMをベースにしたCCSR/NIESナッジング化学輸送モデルの水平分解能を2.8°×2.8°まで上げた。このモデルを用いて本年度はまず極域のオゾン層破壊が中緯度へ及ぼす影響を調べるため,成層圏下部で化学反応速度が非常に遅くほぼトレーサーと見なせるN2Oの,1997年の北極渦崩壊前後の分布をシミュレートした。これによって,極渦崩壊前の一時的な極渦の伸長とフィラメント化による極渦空気の中緯度域への輸送や,極渦崩壊後の極渦起源空気の分布などが明らかとなった。このN2O分布のシミュレーションから得られた極渦起源空気の輸送に関する知見は,極域におけるオゾン層破壊の中緯度域への影響を調べる上で重要となる。
〔発 表〕A-1〜4,71,F-1,30〜40,a-1〜7,f-2,5,79〜89
(2)オゾン層破壊物質及び代替物質の排出抑制システムに関する研究
廃自動車,廃家電製品及び業務用冷凍空調機器に由来するフロンの全国および都道府県別廃棄量を過去から将来にわたって時系列的に予測するための手法を構築し,廃棄・回収されるフロンの面的な分布を把握した。また,分解処理の受け皿としての産業廃棄物焼却施設と一般廃棄物焼却施設をマッピングし,回収量と処理可能量のバランスを面的に把握した。また,廃棄ポイントと分解処理ポイントを結ぶ回収・輸送システムについて,2001年4月から施行される家電リサイクル法,現在検討されているフロン対策に係る法律及び廃自動車リサイクルの法制化の動向を踏まえてシナリオを検討した。業務用冷凍空調機器については,特定の地域を設定し,地理情報システム(GIS)を用いた冷媒ストック量・廃棄量の分布予測,回収方法のコスト,エネルギー消費およびCO2 排出量の観点からの評価を行った。以上の検討を基に,今後想定されるフロン回収・処理のトータルシステムについての複数の代替案を設定し,環境負荷及びコスト分析のための基礎データを収集した。
次に,ハロン類の高温分解技術,低温プラズマ分解技術および燃焼過程における副生成物の挙動に関する検討を行った。高温分解技術の検討においては,前年度の研究から,ハロン類の中で最も分解しにくいことがわかったハロン1301について,プロパン,トルエン,ヘプタンなどの炭化水素共存下での分解を室内実験で詳細に調べ,反応の機構と分解反応速度式を提示した。また,実際の産業廃棄物焼却施設での分解実験を行い,消火剤であるハロンが燃焼に影響を与えずに安全確実に分解できる導入量と導入方法を明らかにした。低温プラズマ分解技術の検討については,トリクロロエチレンや臭化メチルに対するCF4 の相対反応性を強誘電体充填型や無声放電型などの反応器を用いて比較し,CF4 の分解率や副生成物分布に及ぼすプラズマ発生法の影響を把握した。また,各種のフロン類の分解試験を行い,バッググラウンドガスあるいは電源周波数が反応性に与える影響を把握した。副生成物の挙動について,廃棄物とハロンの混焼試験をラボスケールのキルン型小型燃焼炉を用いて検討した結果,ハロン添加量が 8.9%でハロンゲン系難燃剤を含む場合でも99.996%と良好な分解率を示し,ハロンと混焼した廃パソコンケーシング中のダイオキシン類についても良好に分解された。
さらに,くん蒸剤である臭化メチルの放出抑制および代替技術について,土壌くん蒸剤と検疫用くん蒸剤に関する検討を行った。土壌くん蒸剤については,光触媒含有積層シートを用いた放出抑制に関するフィールド試験を行い,モニタリングによってその抑制効果を確認した。また,検疫用くん蒸剤については,代替技術として高圧炭酸ガスくん蒸,混合ガス高圧処理およびフッ化スルフリル+リン化水素混合ガス常圧くん蒸について,処理条件を検討し,処理効果を実験的に把握した。
〔発 表〕K-1,D-33,d-55〜57
(3)衛星利用大気遠隔計測データの利用実証に関する研究
オゾン層の監視・研究のための環境庁センサーILASの後継機であるILAS-IIは,成層圏オゾン層観測はもとより,温暖化関連物質分布の導出の可能性が指摘されており,その手法の開発を行うことが重要である。さらに,ILAS-II後継機(SOFIS)では本格的に温暖化関連物質の測定を目指すことから,その測定並びにデータ処理手法の確立を早急に行う必要がある。このことから,本研究では,太陽掩蔽法大気センサーによる温暖化関連物質などの測定データ処理手法を,シミュレーション等に基づいて確立することを目的とする。
また,衛星搭載ライダーによる雲・エアロゾル(以下,雲等)の3次元観測データの利用について,衛星搭載ライダーの計測データから雲等の分布情報や光学的特性を導出するためのアルゴリズムを確立するとともに,衛星搭載ライダーによる雲等の観測データを気候モデルへ導入するための手法を確立する。また,有効なデータ利用のための衛星ライダーの運用および,観測データの処理システムの概念を確立する。
さらに,ILAS,ILAS-II等で得られる観測データを利用した研究を推進するために,観測データの品質評価とこれらのデータを活用した高層大気環境の解析に関する研究等を実施する。
このため,ILAS-IIにより取得が期待される測定データをシミュレーションにより多様な条件について模擬し,対流圏温暖化関連物質の導出精度向上のためのアルゴリズムの改良を行った。また,この結果をILAS-II後継機(SOFIS)のハードウェア開発及び処理アルゴリズム開発へフィードバックした。濃度導出精度向上のための分光パラメータの実験的研究を引き続き行った。
雲等の分布モデル,ライダー衛星の軌道等を考慮して,それぞれの観測対象について最適なデータの取得法,運用のモード等を明らかにした。それぞれの観測対象についてシミュレーションデータを用いた処理を行い,実証衛星ライダーから得られるデータセットの定義を行った。
ILASデータについて地上でのフィールド観測との比較等により,総合的なデータ品質の評価を行った。また,高層大気環境の解明を目的として,オゾンデータおよび空気塊の流跡線解析を利用した北極域のオゾン破壊速度の定量化,硝酸の成層圏からの物理的除去率の定量化,等の種々の解析的研究を行い,ILAS等の衛星観測の有効性を実証した。
〔発 表〕A-21〜25,37〜42,F-6〜13,20,22,I-16,a-35〜46,58〜80,f-34,50,53〜56,58〜60,i-34〜42
(4)紫外線の増加が人に及ぼす影響に関する研究
「オゾン層破壊に伴う紫外線変動予測と健康リスク評価に関する研究」においては,今後増加が予想される紫外線により引き起こされると考えられる健康影響について,1)現実性の高いオゾン層減少シナリオに基づく紫外線変動を明らかにするとともに,2)予想される健康影響の大きさを疫学的研究,実験的研究結果に基づき総合的に評価し,併せて,3)効果的な防御方法について検討することを目的に研究を進めてきた。本年度は以下のような結果が得られた。
オゾン層減少による紫外線照射量予測に関しては,気象庁の観測データに基づいて,各波長別紫外線量とオゾン量との関連性について検討した。その結果,短波長域の紫外線に関しては,オゾン量との間に明らかな負の相関が確認された。これらの結果をもとに,オゾン層減少シナリオと組み合わせることにより,今後,地表到達紫外線量の予測を行う。
紫外線暴露による健康影響に関しては,前年度に引き続き,国内外(シンガポール,アイスランド,能登,奄美)の地域住民を対象とした眼科検診結果について解析を継続した。マネキンモデルを使った実験結果(眼鏡並びに帽子の着用による眼部への紫外線暴露防御効果の定量的評価)に基づいて眼科検診受診者を対象に紫外線暴露量推定を行い,白内障発症あるいは水晶体混濁有所見率,さらには翼状片との関連性について検討した。その結果,明瞭な地域差(シンガポール>奄美>能登>アイスランド)のほか,一部,眼所見と戸外活動時間,推定紫外線暴露量との間で関連性を示す結果が得られた。
一方,実験的研究においては,HSV-チミジンキナーゼ遺伝子を導入したラット細胞を用いて,低線量の紫外線による変異の波長依存性を求めた。また,紫外線の線量率と変異発生率の関係の検討を進めているところである。
〔発 表〕E-13〜14,16〜17,e-22〜25
(5)紫外線増加が生物に及ぼす影響の評価
プロモーターとしてカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターの下流にシトシンデアミナーゼ(codA)をInplanta法でシロイヌナズナに導入した。形質転換体(pCRCO1)の種子を約800粒播種し春化処理したのち,400粒ずつ2つに分け紫外線照射区,対照区とした。対照区には100μE/m2 の白色光を1日14時間照射しながら,温度23℃,湿度70%で生育させた。紫外線照射区は対照区と同じ条件で1.0W/m2 のUV-B(ToshibaFL-20にU-290ガラスフィルターでUV-Cを除去した光)を明期に連続照射した。それぞれの処理は種子が形成されるまで2ヵ月間行った。5-FC感受性試験は50〜250μg/mlの5-FCおよびカナマイシンを含むMS培地で行った。
pCRCO1の葉からDNAを抽出してサザンハイブリダイゼーション法でcodAが導入されていることを確認した。導入遺伝子のコピー数を調べるため,PCRCOD1のT2世代から得られた種子60粒をハイグロマイシンの培地で発芽させた。その結果,ハイグロマイシン耐性のものが44個体,感受性ものが16個体得られた。この分離比はほぼ3:1であることから,PCRCOD1にcodAはhaploid当たり1コピーだけ導入されていると結論した。次に,この種子の5-FC感受性を調べた。ハイグロマイシンを含むMS培地に5-FCの濃度を50,100,250μg/mlに変えて形質転換体T2世代を播種し5-FC感受性と耐性の個体数を調べた。その結果突然変異の選抜には100μg/mlが良いと考えられた。この実験からcodAをホモに持つ個体を2世代育て種子を大量に採取した。この種子を播種して紫外線照射実験を行い,現在突然変異体の選抜を行っている。また,codAが導入された位置による効果を調べるため,複数の形質転換体を作製している。
植物はその生育に太陽光が不可欠であり,必然的に太陽光中の紫外線に対する防御機構をその進化の過程で発達させてきたと考えられる。しかし,紫外線(UV-B,波長:290〜320nm)に対する植物の耐性機構については不明な点が多い。本研究では,UV-B照射によって形成されるDNA損傷の一つであるcyclobutane pyrimidinedimer(CPD)を修復する機構のうち,光に依存した反応を触媒する修復酵素,DNA photolyaseがキュウリの黄化子葉でどのように誘導されるかについて検討した。
暗所で5日間生育させたキュウリの黄化芽生えの子葉にDNA photolyaseを誘導する紫外線(波長:300〜350nm)を3段階の強度(強い方からH,M,L)で連続照射し,試料を経時的に採取した後RNA及び酵素画分を抽出した。それらを用いてRT-PCR法によるDNA photolyase mRNAの発現量およびDNA photolyaseの酵素活性を測定した。その結果,どの照射強度においてもDNA photolyase活性の上昇が見られ,その最大値は照射強度が強いほど大きかった。また,HおよびMの強度での照射では活性上昇開始までの遅延時間は1時間であったが,最も弱い照射強度Lでは3時間であった。RT-PCRによってDNA photolyase mRNAの量を調べたところ,そのレベルは照射直後から上昇し2〜3時間で最大になり,その後低下した。この変化は酵素活性の変化と一致していたことから,320〜350nmの紫外線によるDNA photolyaseの発現誘導は転写レベルで調節されていると考えられる。
〔発 表〕B-75〜81,b-208〜2
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