2.2 経常研究
8.生物圏環境部
研究課題 1)水生生物の繁殖に及ぼす化学物質の影響評価試験法に関する研究
〔担当者〕畠山成久
〔期 間〕平成12年〜13年度(2000〜2001年度)
〔目 的〕かつては農薬類により,魚類など各種の生物が急性致死的な影響を被ったが,近年はそのような事例は顕在しなくなった。しかし,環境ホルモンなど低濃度で水生生物の繁殖に慢性的な影響を及ぼす化学物質の影響が危惧されるようになっている。そのため,これまで実績のある各種水生生物をベースに,そのライフサイクル試験法(試験生物・曝露法)と繁殖影響のエンドポイント検討をし,有効な試験法の開発と行うこととする。
〔内 容〕ユスリカ,イトトンボ,チカイエカなどは,水生昆虫の繁殖に及ぼすライフサイクルテストの試験生物として好適と考えられ,すでに予備的な試験を行ってきたが,今年はさらに繁殖ケージの小型化などに改善を加えた。FLFメダカでは,ふ化直後の餌が重要であるが,1週間程度淡水産ワムシを給餌することにより,良好な試験結果が得られた。また,雌雄対でメダカの繁殖影響を評価するためのる流水式曝露システムを開発した。
〔発 表〕H-21
研究課題 2)藻類群集におよぼす紫外線の影響
〔担当者〕笠井文絵
〔期 間〕平成10〜12年度(1998〜2000年度)
〔目 的〕オゾン層の減少による有害な紫外線の増加は,極地方ばかりでなく温帯域でも大きな問題になりつつある。紫外線は,例え現在のレベルでも植物プランクトン群集に対して,生産量の抑制,種組成の変化,生化学的構成成分の変化を起こし,食物網の初期段階に大きな影響を及ぼすと考えられている。本研究では,比較的紫外線量が少ない時期に藻類の増殖に及ぼす紫外線の影響を調べた。
〔内 容〕フィルターで自然の紫外線を除去した条件を設定し,藻類の増殖を自然の太陽光の下と比較した。紫外線の影響を受けることが明らかな群集から分離した緑藻10株,珪藻3株,クリプト藻,藍藻各1株でのうち,緑藻と珪藻の各1株が紫外線を除去した条件で明らかに増殖が促進され,紫外線による増殖阻害が示唆された。藍藻と緑藻8株ではむしろ紫外線の除去によって増殖量が減少し,弱い紫外線が増殖に寄与していることが示唆された。
研究課題 3)植物の光をめぐる競争関係および群落の動態の解析
〔担当者〕竹中明夫
〔期 間〕平成10〜12年度(1998〜2000年度)
〔目 的〕植物にとって光は生存・成長する上で必須のエネルギー源である。植物群落のなかでの個々の植物の生活を理解するためにも,また,個体間の相互作用の結果として現れる群落の動態を理解するためにも,光をめぐる個体間の競争関係を理解することが必要となる。本課題の目的は,個体間の地上部の相互作用を光の奪い合いのプロセスに注目して解析すること,個体間の相互作用に基づいて群落の動態を再構成するシミュレーションモデルを構築することの2点である。
〔内 容〕樹木の個体全体としての成長バランスも考慮したモデルの開発を進めた。以前に測定した樹木の枝の動態のデータは,個体全体が光不足の環境下におかれている場合には,暗い環境下の枝も生残りやすいが,光が十分にある環境下におかれた個体では,相対的に暗い環境下の枝は死亡しやすいことを示している。この現象を,個々の枝が個体内の有機物を引き寄せて生存,成長,子枝の生産に使おうとする相対的な力の強さのバランスによるものと考えてモデル化した。
〔発 表〕H-10
研究課題 4)高山植物の実験植物化および生態的特性解明に関する研究
〔担当者〕名取俊樹
〔期 間〕平成12〜16年度(2000〜2004年度)
〔目 的〕近年人間活動の様々な影響が我が国の高山帯のみに分布が限られている植物にも及んでいる。これらの影響をできる限り正確に把握するためには,野外調査に加え実験的検討が必要である。しかし,これら植物の入手・栽培・繁殖の困難さが実験的検討を妨げている大きな原因の一つである。そこで,これら植物についての実験的検討を行うため,本年度は,まずこれら植物の温室内での栽培法を検討した。
〔内 容〕我が国の北岳周辺(山梨県)にのみに分布が限られておりいわゆる「種の保存法」に指定されていて実験に必要な個体数の入手や環境制御温室内での栽培等が困難なキタダケソウを対象植物として,培養土を選びかつ塩ビ管により株元を鉢面より上げることにより環境制御温室内での栽培上大きな問題点の一つであった株元の根腐れの発生が防止でき,環境制御温室内での栽培が可能となった。
研究課題 5)中国の半乾燥地域に生育する植物の生理生態機能に関する研究
〔担当者〕戸部和夫
〔期 間〕平成12〜13年度(2000〜2001年度)
〔目 的〕中国の半乾燥地域に生育している代表的な植物種の乾燥環境あるいは塩性環境への適応機構を明らかにし,砂漠化地域における植生の回復や砂漠化進行度の指標の確立のために必要な基礎的知見を得る。また,これらの植物種を系統保存するための技術の確立を図る。
〔内 容〕塩性化土壌に生育する潅木Kalidium caspicumの幼植物の生育におよぼす異なる塩の影響を比較した。その結果,1)Mg塩はNa塩に比べ数分の一程度の低濃度で幼植物の生育を阻害すること 2)Ca塩はNa塩やMg塩の幼植物の生育阻害効果を低減させること等が明らかとなった。以上の結果から,塩性土壌中の塩成分の組成が,この植物種の塩性環境での定着を決定づける重要な要因であることが推測された。
〔発 表〕H-13,15,17,h-11
研究課題 6)植物による大気中有機汚染物質の除去能の評価に関する研究
〔担当者〕戸部和夫
〔期 間〕平成12年度(2000年度)
〔目 的〕大気中に含まれる多様な有機汚染物質の長期暴露が人間の健康に悪影響を及ぼすことが懸念されている。一方,植物は,葉面の気孔を通じて多くの種類の大気汚染物質を吸収することが知られている。そこで,植物葉が,大気中のどのような有機汚染物質に対しどの程度の除去能を持つかを明らかにするため,都市域の野外に植栽されている樹木による代表的な有機汚染物質の吸収能の評価を行う。
〔内 容〕樹木の葉による2種のアルコール(メタノールおよびイソブタノール)および2種のエーテル(ジエチルエーテルおよびテトラヒドロフラン)の吸収速度の測定を行った。その結果,2種のアルコールはいずれも植物葉により継続的に吸収されるが,2種のエーテルはいずれとも植物による吸収は認められないことがわかった。ガス交換速度の解析の結果,植物葉によるアルコールの吸収は気孔を介してのものであることが明らかとなった。
〔発 表〕H-14,16,h-12
研究課題 7)仮想的生物群集における多様性変動に関する研究
〔担当者〕吉田勝彦
〔期 間〕平成12年度(2000年度)
〔目 的〕仮想的生物群集モデルを構築してコンピューターシミュレーションを行い,その結果を解析することによって,生物間相互作用を介した生物多様性変動のメカニズムを明らかにすることを目的とする。
〔内 容〕多様性が低い分類群はすぐに滅びると考えられているが,現実には「生きた化石」のように低い多様性を保ったまま長期間存続する分類群があることが知られている。本研究のモデルはこのようなクレードの再現に成功した。解析の結果,これらのクレードは変異率の低い種から構成されており,被食者クレードを持続的に利用することによって安定した餌の供給を受けられるので,低い多様性を保ったまま長期間存続できることが明らかとなった。
〔発 表〕h-32,33
研究課題 8)植物の環境ストレス耐性に関与する遺伝子の探索と機能解析
〔担当者〕佐治 光・久保明弘・青野光子
〔期 間〕平成10〜14年度(1998〜2002年度)
〔目 的〕植物は環境保全に必須であり,大気汚染や紫外線などのストレス要因が植物に及ぼす影響やそれらに対する植物の耐性機構を明らかにすることは,基礎・応用の両面において重要である。特に環境ストレス耐性機構については植物の様々な遺伝子が関与していると考えられるため,それらの遺伝子の同定と機能の解明を目指す。
〔内 容〕シロイヌナズナの環境ストレス感受性変異体の単離と解析を継続的に行うかたわら,代表的な生態型4系統とシグナル伝達系変異体9系統のオゾンに対する感受性を調べ,比較した。その結果生態型に関しては,Cvi-0>(Ler-0,Ws-0)>Col-0の順にオゾン感受性が高く,シグナル伝達系変異体については,eto1-1(エチレン高生産系統)が高感受性を示し,それ以外の系統(etr1-1,ein2-1,ein3-1,ein4,ein5-1,ein7,ctr1-1,jar1-1)は,野生型と比べ顕著な差を示さなかった。
〔発 表〕H-1,9,h-1,26〜28
研究課題 9)撹乱された移行帯生態系の修復過程に関する研究
〔担当者〕野原精一・矢部 徹・佐竹 潔・上野隆平
〔期 間〕平成9〜12年度(1997〜2000年度)
〔目 的〕人為的栄養塩負荷の解消のために行われた浚渫事業によっていかに自然が損なわれ再び,もとの生態系に回復するかという生態系影響の事後評価が十分ではない。尾瀬沼では帰化植物コカナダモが,1980年代に繁茂していたが近年忽然と大部分の純群落が消え,移行帯の砂漠化が見いだされた。そこで,撹乱された湖沼移行帯に今後シャジクモ等がいかに回復し,もとの生態系に復元するかモニターを行い,シャジクモ等の回復に必要な条件を見いだすことを目的とする。
〔内 容〕GPSを用いて尾瀬沼の水生植物の分布・底質及び水質調査を実施した。1996年にカタシャジクモの存在を再確認し,1999年にはヒメフラスコモを再確認し,合計18種の在来の水生植物が認められ,これまでにコカナダモ侵入後絶滅した在来種はなかった。尾瀬沼の湖水pHは6.7〜8.2の範囲にあった。一方湿原の7河川は特に酸性であった。また,5河川の水温は他に比べ低いことから流域の違いを詳しく調査する必要がある。浅湖湿原などの湿原に由来する河川水の溶存有機物は高い(3河川)が,最大の流入河川の大江川は溶存有機物の濃度が低く,大江湿原からの有機物の流入は少ないと考えられる。それと同様に湿原に由来する河川水のδ18O値は他の河川より有意に重く(約1‰),河川水には泥炭層の少し古い水が混ざっていると考えられた。また,湿原に由来する河川水は硝酸濃度が低く,湿原で窒素が取り込まれていると考えられた。河川水の硝酸濃度は湖水より高く,流域からの自然の窒素負荷が尾瀬沼の窒素循環を支えていると思われる。今後流量を測定して,尾瀬沼の富栄養化の要因を明らかにする必要がある。
研究課題 10)環境指標生物としてのホタルの現況とその保全に関する研究
〔担当者〕宮下 衛
〔期 間〕平成12〜16年度(2000年度〜2004年度)
〔目 的〕豊かな自然環境,うるおいのある自然環境の指標として親しまれているホタルやヒヌマイトトンボなどの絶滅のおそれのある生物の生息する自然環境の保全と再生について調査研究することを目的とする。
〔内 容〕全国各地の生息地で行った絶滅危惧種ヒヌマイトトンボの分布,塩分濃度,水環境,地形等の調査の結果,ヒヌマイトトンボ生息地は立地から河川敷タイプ,可動堰タイプ,汽水湖タイプ,潮止池タイプの4タイプに分けられた。また,各タイプは生息地のヨシ原と河川や湖沼,海との境界に堰堤や自然堤防が形成されていることで共通することを認めた。
研究課題 11)河川に生息する底生動物の分類及び生態に関する基礎的研究
〔担当者〕佐竹 潔
〔期 間〕平成10〜13年度(1998〜2001年度)
〔目 的〕河川生物群集の主要な構成種であるカゲロウ,カワゲラ,トビケラ,淡水エビなどの底生動物については,種名が決定されていなかったり,その生息環境との関係が十分に解明されていない場合が多い。このような状況は,種々の影響評価を曖昧なものにし,より高度な実験的解析を困難にしている。そこで,本研究では底生動物に関する基礎的な知見を蓄積・整理することを目的としている。
〔内 容〕亜熱帯島嶼の河川,西表島などでのフィールド調査により,淡水エビの生息を制限する環境要因として水温などが関連している可能性が示唆された。また,数種の淡水エビについて実験室内で飼育を行い,その生育・繁殖条件について検討を行った。
〔発 表〕h-5,6
研究課題 12)底生動物の形態と環境要因との関連に関する基礎的研究
〔担当者〕上野隆平
〔期 間〕平成12〜15年度(2000〜2003年度)
〔目 的〕動物の形態には種間での差異や種内変異があり,運動・呼吸など生理的機能を持つ部位の形態は環境要因に応じて変化することから,形態の変異の情報は環境への適応のしくみを知る上で重要だと考えられる。また,特に種内変異の情報は種の定義を明らかにするためにも必要である。本研究では,十分に研究されていない無脊椎動物の形態の種間・種内での変異と環境要因との関連について調査する。
〔内 容〕種の同定が難しいユスリカ属幼虫の口器の形態を比較し,検索表作成での有用性について検討するため,4種のユスリカ属幼虫の口器の形態をSEMで観察した。その結果これらの種については口器の微細形態だけで種の同定が可能だった。したがって,SEMの普及を考え,従来同定に用いられてきた形態に口器の微細形態を加えて検索表を作成することでユスリカ属の同定を今まで以上に正確に行うことができると考えられた。
〔発 表〕h-2
研究課題 13)浅水域に生育する大型植物の個体群動態評価手法に関する研究
〔担当者〕矢部 徹
〔期 間〕平成9〜12年度(1997〜2000年度)
〔目 的〕埋め立て,護岸工事や油の流出事故は浅水域の生物相に重大な影響を及ぼす。生物影響をバイオマスなど量的指標をもちいて評価する際に,それら量的指標は通常期においても変動が大きく,工事や事故の影響かどうかが識別しにくい。本研究では潮間帯や干潟をはじめ浅水域の様々な大型植物の個体群動態から質的及び量的指標の抽出を行い,それらの変動幅と相関を把握することを試みる。
〔内 容〕海草藻場が点在する干潟において49箇所の等間隔な地点を設定し,航空写真および目視調査と底質の物理・化学的環境の調査を実施した。計測された海草被度と底質の有機物含有量,酸化還元電位や底質の流動性の関係を解析した。海草類の被度が高い場所では有機物含有量は高く,表層であっても還元的雰囲気を呈した。海草被度が低いところでは酸化的な雰囲気であり,底質流動性が著しく高かった。大型植物の分布が底質の物理・化学的環境に与える影響は極めて大きいことを明らかにした。
〔発 表〕h-19,29,30
研究課題 14)微細藻類の多様性解析に関する基礎研究I(奨励研究A)
〔担当者〕河地正伸
〔期 間〕平成12年度(2001年度)
〔目 的〕微細藻類に関する多様性解析は,基本技術である顕微鏡を用いた形態観察に加えて,培養技術や各種染色技術の利用など,新しく開発された様々な技術を利用することで行われてきた。最近では,分子生物学的技術を応用したいろいろな多様性解析手法が報告されている。中でも温度勾配ゲル電気泳動法(TGGE法)は,細菌類の群集レベルでの多様性解析で用いられるようになり,自然界における微生物の多様性の理解に有効な手段として期待されている手法の一つである。しかし微細藻類では研究例が少なく,実際に自然界のサンプルを解析するには,いくつかの問題点を事前に解決する必要がある。そこでTGGE法を用いた微細藻類群集の多様性解析の有用性を検証することを目的として本研究を計画した。
〔内 容〕はじめに多様な微細藻保存株を用いて,DNAの抽出条件の検討を行った。その結果生物種によって細胞の破砕のされ方,すなわちDNAの抽出効率に差があり,野外試料から広範囲の生物群を対象としてDNAを抽出する際には複数の細胞破砕法を併用する必要性が示された。一方,異生物混合サンプルからDNAを抽出する場合,強固な細胞を対象とするビーズ破砕法により,脆弱な細胞に由来するDNAの断片化がすすむことで,PCR反応が影響を受け,種の検出が困難になった。
〔発 表〕H-5〜8,h-4
研究課題 15)植物に対するオゾン作用機構解明のためのMAPキナーゼの解析(奨励研究A)
〔担当者〕久保明弘
〔期 間〕平成12年度(2000年度)
〔目 的〕光化学オキシダントによる大気汚染は,依然として改善されておらず,都市域及びその周辺部で作物や野生植物に被害を与えているだけでなく,山岳地域に移行して樹木衰退の原因になっていると指摘されている。この光化学オキシダントの主成分であるオゾンは,植物の葉にクロロシスと呼ばれる白斑を形成したり,光合成や生長を阻害したり,老化を促進したりする。しかし,その作用機構は完全には解明されていない。特に,植物が受容したオゾン刺激を遺伝子に伝えるシグナル伝達系は,ほとんど研究されていない。植物に対するオゾン作用機構の解明は,野生植物の診断や被害の将来予測,植物を用いたオゾンのモニタリングや遺伝子操作による大気汚染耐性・浄化植物の開発にも繋がる。植物に対するオゾン作用機構を解明するため,植物が受容したオゾン刺激を遺伝子に伝えるシグナル伝達系に着目し,その中で中心的な役割を担っていると予想されるMAPキナーゼと呼ばれる,タンパクをリン酸化する酵素について,オゾンやその他の刺激による活性化に関して解析することを目的とする。
〔内 容〕本研究では,実験材料としてシロイヌナズナという野生種の植物体を用いた。MAPキナーゼの一種であるERK1/2の活性型に対する抗体を用いて,シロイヌナズナの葉の抽出液中に分子量46kDaと44kDaのMAPキナーゼがあることが明らかになった。これらの活性型MAPキナーゼは,ほとんど常に挙動を共にしていた。シロイヌナズナに150,300及び500ppbのオゾンを暴露したところ,濃度が高くなるほど活性型MAPキナーゼが増加する傾向が認められ,500ppbのオゾン暴露では10分以内に顕著な活性型MAPキナーゼの増加が認められた。また,500ppbオゾンの暴露時間が20分,30分と長くなるにつれて,活性型MAPキナーゼが増加していくことが明らかになった。オゾン耐性の異なる4種の野生系統間の比較を行ったところ,500ppbのオゾンでは活性型MAPキナーゼの増加量に差がなかった。また,葉面に水をスプレーする刺激によっても同様の活性型MAPキナーゼが増加することが明らかになった。エチレンシグナル伝達系またはジャスモン酸シグナル伝達系に欠陥がある数種の突然変異体においても,活性型MAPキナーゼのオゾンによる増加は起こった。また,ジャスモン酸によって活性型MAPキナーゼが増加することがわかったが,この反応はジャスモン酸シグナル伝達系の突然変異体では起こらないことが示された。これらの結果から,オゾンによる46kDaと44kDaのMAPキナーゼの活性化はエチレンシグナル伝達系及びジャスモン酸シグナル伝達系を介さずに起こり,一方,ジャスモン酸によるこれらのMAPキナーゼの活性化はジャスモン酸シグナル伝達系を介して起こることが明らかになった。また,活性型MAPキナーゼの増加時に,46kDaと44kDaのMAPキナーゼのタンパク量が増加するわけではないこと,基質となるタンパクをリン酸化する活性が増加することが明らかになった。
研究課題 16)生物多様性保全のための森林動態シミュレータの開発に関する研究(奨励研究B)
〔担当者〕竹中明夫・奥田敏統*・五箇公一*
(*地球環境研究グループ)
〔期 間〕平成12年度(2000年度)
〔目 的〕森林の個体ベースモデルは,森林を構成する樹木一個体ずつを区別してそれぞれの成長,繁殖,死亡のプロセスを追うシミュレーションモデルである。過度の抽象化をおこなわずに森林を表現するこのモデルは,森林の構成要素に関する知識を統合する森林動態シミュレータとして使われてきた。これまでに開発されたモデルは,樹種の特性と森林の動態との関係をさぐる生態学的な研究や,木材収量の予測を行うためなどに利用されてきた。しかし,このモデルの利用価値はこれらにとどまるものではない。本研究では,森林の個体ベースモデルを開発し,生物多様性の保全策を検討するためのツールとしての利用法をさぐることを目的とする。既存のモデルの検討や利用可能なデータセットなどの調査を踏まえ,あらたに個体間の遺伝子のやりとりまで再現する個体ベースモデルを開発し,自然保護区のデザイン,人為的な撹乱等の影響の予測,生物多様性を保全する管理手法の検討などに生かして行く方法を考える。
〔内 容〕空間的なひろがりを明示的に取り扱う森林動態モデルを開発した。樹種の特性についての定量的なデータが限られることから,特定の森林を定量的に再現することよりも,森林というシステムの性質を調べることを主眼に置いた単純なモデル化を行った。森林を二次元の格子で表現し,その各マス目に一個体の木が生育可能であること,確率的に木が死亡してできた空き地は近隣個体から散布される種子により埋められること,種子の散布量は親木の近くほど多いことなどを仮定した。また,種子の生産は環境条件によって変化し得るものとした。
このモデルを使って,特別な共存メカニズムが存在しない場合に,ある限られた面積の中で,どれぐらいの数の樹種がどれだけの時間共存可能なのかを調べた。その結果,偶然による樹種の絶滅速度は森林の面積に非常に強く依存すること,種子の散布距離が限られることは,競争力が劣る樹種の存続を促進する方向に働くこと,種子繁殖のためには同種の別個体から花粉が散布される必要があることを考慮すると,一度少数者になった樹種の絶滅確率が高まることなどを確かめることができた。
次に,気候変動に伴う森林の構造と多様性の変化を調べるために,格子の軸にそって温度勾配を設定し,種子生産の温度環境依存性が異なる樹種を混在させたシミュレーション実験を行ったところ,数世代から10世代のあいだに,温度環境の勾配に沿って種の分布域の分離が見られた。そのあとで,地球全体の温暖化を想定し,格子全体の温度を上昇させ,樹種の分布域の移動を見た。すると,個体間の競争関係のために,分布域の移動速度は,種子の散布距離と木の成熟時間だけから想像されるよりもひとケタからふたケタも遅くなった。分布拡大の前線にたまたま多数生存している樹種が優占度を増し,そこにいなかった個体は分布域を拡大できないことにより,樹種の多様性が減少するという現象が見られた。
〔発 表〕h-7〜9
研究課題 17)微生物系統保存施設に保存されている微細藻類株の分類学的情報の収集とデータベース化に関する研究(特別経常研究)
〔担当者〕笠井文絵・河地正伸・広木幹也・清水 明
〔期 間〕平成12〜16年度(2000〜2004年度)
〔目 的〕我が国で微細藻類を保存し公に分譲を行っている機関は他にほとんどなく,国立環境研究所・微生物系統保存施設の公的保存機関としての役割が年々増している。一方,最近の分子生物学,生理・生化学的分析技術の進歩により,従来の形態観察では見落とされていた差異や系統的類縁関係を明らかにすることが可能になり,微生物系統保存施設に保存されている微細藻類株についても,新たな分類学的手法に基づいて分類学的見直しを行い,最新の知見に基づく分類学的情報を提供していくことが求められている。このような期待に応えるため,微細藻類保存株の遺伝子情報,生理生化学的性質,形態・微細構造学的性質を調査し,これらを併せて検証することで保存株の分類学的見直しを行うことを目的とする。また,この過程で新たに収集された株の特性を整理し,既に整理されている産地,培養条件等の基本情報とともに株情報のデータベースを作成する。
〔内 容〕1)分子系統学的アプローチとして真核生物の系統解析に広く用いられている18SrRNA遺伝子の塩基配列の解析を行った。Mychonastes属,Chlorella属,Auxenochlorella属,Stichococcus属に分類されているが,形態情報が少ないために種の同定が困難であった緑藻株20株について分析し,一部の株の種名を決定した。2)生理・生化学的アプローチとして,やはり形態情報の少ない緑藻株,Coelastrum属,Dimorphococcus属,Micractinium属,Chlorosarcinopsis属など30株の光合成色素組成を,高速液体クロマトグラフィーを用いて測定した。3)形態学的アプローチとして,主にMychonastes属の12株について電子顕微鏡を用いた微細構造の観察を行った。また,様々な分類群に属する200株あまりの保存株の光学顕微鏡写真を撮影し,データベース情報として保管した。
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