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環境研究総合推進費による研究(未来環境創造型基礎研究)
1.亜熱帯域島嶼の生態系保全手法の開発に関する基礎研究
〔担当者〕
| 生物圏環境部 |
: |
渡邉 信・椿 宜高・野原精一・佐竹 潔・上野隆平・矢部 徹・広木幹也・名取俊樹・
笠井文絵・竹中明夫 |
| 地球環境研究グループ |
: |
五箇公一 |
| 地球環境研究センター |
: |
山形与志樹 |
〔期 間〕
平成9〜11年度(1997〜1999年度)
〔目 的〕
亜熱帯域は生物多様性がきわめて豊富であり,特に島嶼では島ごとの独自の生物相がみられ,固有種が数多く存在していることで,種分化を促進し,種多様性を増加した重要な生態系として認識されている。しかし一方で島嶼の多様な生物は,開発,土地利用の変化等の人間活動による撹乱や侵入外来生物に対して無防備であるため,その多様性の存続が危惧されている。そこで,この地域の生物種,遺伝子,生態系の多様性を保護し,いかにして生物多様性を未来世代に引き継ぐかを緊急の課題として,島嶼の生態系保全手法の開発に関する基礎研究を行う。
〔内 容〕
本研究では,先端的手法を用い,小笠原諸島等の亜熱帯域の島嶼を対象に,地史的・地質的特性及び土地利用の変遷を考慮しつつ固有種を含む生物多様性の現状把握を行い,生物多様性の維持機構の解明を行う。さらに移入種が生物多様性に及ぼす影響評価と島嶼生態系保全手法の開発に向けた基盤整備のための研究を行う。この地域の生物相の進化起源の一つでアジア・太平洋地域の中で海洋島や島嶼を有し,日本と研究交流がある米国(ハワイ諸島)等と共同研究を行う。研究は4つのサブテーマについて行う。(4)は総合的なまとめとなっている。 〔成 果〕
(1)島嶼生態系における生物多様性の把握手法に関する研究
御蔵島は伊豆諸島の中でも形成年代の古い成層火山によって構成され,山体上部には風化した火山砕屑物が覆っている。この砕屑物は比較的保水性が高く,年間5,000mmに達する降水は,この砕屑物中を透水層として,山体の傾斜に従って流下する。そこで御蔵島の水文環境の連続的な長期のデータを取得し,解析を試み,気象環境および島嶼の水循環構造の特異性を考察した。
伊豆諸島の御蔵島,八丈島,三宅島,神津島の4島において,野生タケ植物の分布,生育を調査した。1997年御蔵島の御山周辺のミクラザサが一斉開花後,枯死した。その年に発芽,成立した実生集団を1997年から1999年にかけて調査した。親の稈密度が低く,稈高が高い集団(御山)では,実生の密度が高く,伸長成長が著しかった。一方,親の稈密度が高く,稈高が低い集団(長滝山)では,実生の密度は低く,稈高が低かった。ササ群落回復の初期過程が集団によって異なることが示唆された。
小笠原諸島父島において,ヤシ科植物4種の分布や形態的・生態的特徴を調査した。その結果,固有種のノヤシとオガサワラビロウは自然植生域,移入・帰化種のヤマドリヤシやクロツグなどは人為的な影響を受けた地域に分布がみられた。特にノヤシの個体群構造は歪んでおり,種維持にとって十分な個体数が生存しているとは言い切れない。
父島において異なる4つの群落型において大型土壌動物の群集構造を調査した。この結果,群落型ごとに群集構造は異なっており,人工林では出現群数,個体数ともに少なかった。また,1977年と比べて等脚目の著しい減少や群集構造の変化が認められた。
小笠原諸島の父島・母島,伊豆諸島の式根島,伊豆半島の転石潮間帯で,海産大型腹足類の分布調査を行った。小笠原諸島と他の海域では,出現種が大きく異なった。優占種の種数は伊豆半島で多く,父島・母島・式根島では少なかった。亜熱帯・温帯共に島嶼では,近隣からの幼生の供給がほとんどないために,本土よりも,浮遊幼生期を持つ腹足類の種数が少なくなるものと思われた。
微細緑藻類の島嶼への移入と島嶼に適応した際の進化過程とその多様性がどのような機構で維持されているかを明らかにするためには,島嶼及びこれに近縁と考えられる微細緑藻類の遺伝学的多様性を解析する必要がある。本研究では,rbcL遺伝子のようなタンパク質コード葉緑体遺伝子の様々なものを増幅させる新しいPCRプライマーを設計した。これらのプライマーを用いて増幅した複数遺伝子の塩基配列情報を基に精度の高い遺伝学的解析をボルボックス目(緑藻)で実施することができた。これらの研究の中で,グループIイントロンをrbcL遺伝子で初めて発見し,その分子生物学的特徴を明らかにし,その遺伝的解析への有用性を検討した。
(2)島嶼の生物多様性の維持機構に関する研究
環境が異なる3つの群島の水生昆虫相を調査した。調査結果と文献情報との比較から,八重山諸島と小笠原諸島の水生昆虫相では1970年代と現在で大きな変化は見られなかったが,小笠原,特に父島の蜻蛉目昆虫が減っている可能性が示唆された。また,情報が少ない大東諸島の水生昆虫相を報告した。
ユスリカ相について,小笠原では八重山や大東に比べて固有種の割合が高かった。これは,まとまった陸地から遠距離であることや人の移動が比較的少ないことなど小笠原の地理的な条件を反映すると推察した。
亜熱帯島嶼である小笠原諸島父島及び母島の河川において,底生動物の分布調査を行った。底生動物の主要な構成種である淡水エビでは,トゲナシヌマエビが最も多くの地点で採集された。このほか,ヤマトヌマエビ,ヌマエビ属の1種,ヒラテテナガエビ,ヒメヌマエビ,ミナミオニヌマエビの順に多くの地点で採集されたが,ミナミオニヌマエビは急匂配の河川にのみ分布していた。また,両側回遊型の生活史であるトゲナシヌマエビの卵サイズは他の亜熱帯島嶼のものとほぼ同じであったが,陸封型であると考えられるヌマエビ属の1種は大卵小産型であり,その特異性が明らかになった。
形態種ミカヅキモは複数の交配群(生物学的種)に分かれることが知られている。今回の調査で琉球諸島から交配群A,B,C,DおよびKが見つかった。また久米島の1集団はH群からなることが示唆された。この結果およびこれまでの報告から,アジア地域におけるミカヅキモの生物学的種の分布は,琉球諸島を中心とした南西日本で重複すること,および他のアジア地域に比べて多数の生物学的種が琉球諸島に存在することが示唆された。
小笠原諸島に固有のシロテツ属について,葉の形態と生理的特性との関係を調べ,シロテツ属における種分化を生理的側面から検討した。シロテツ属内には,葉の大きさと厚さについて著しい変異が認められ,水分生理的特性は葉の形態と密接に関係していた。したがって,シロテツ属においては,形態的な分化は生理的特性の分化とともに起こることが推察された。
小笠原諸島のアリ相を把握し,植物とアリの相互作用を生態学的に解析した。その結果,確認されたすべてのアリ・植物間の相互作用は,種特異的関係ではなく,両者の相互作用はアリ多種対植物多種の関係としてとらえる必要性を示すことができた。
小笠原諸島の顕花植物の繁殖様式を具体的に明らかにする目的で,花器液浸標本として,82種類124標本を得た。そのうち,野外における生態観察段階で,クサトベラの非常に興味深い雄性先熟の開花生態を明らかにし,詳細なスケッチを示した。
亜熱帯性の海洋島である小笠原父島の乾性低木林にて,形態の異なるテリハハマボウとコバノアカテツを用いて,光利用特性を比較した。テリハハマボウはコバノアカテツよりも水平的な葉を持ち,また高い光合成能力を持っていた。葉の強光高温耐性を比較するため,強光下で葉片を37,40,43゜に3時間さらした後,暗下でクロロフィル活性回復の回復を調べた。その結果コバノアカテツの葉はテリハハマボウの葉よりも,また低温よりも高温で回復が遅れた。これらの結果から,コバノアカテツはテリハハマボウより強光高温に弱い葉を持っているため,葉を立たせ強光をさける形態をもっていると考えられた。すなわち葉の生理的な能力と葉の角度といった樹形とに結びつきがあることがわかった。
(3)島嶼における移入種の侵入・定着過程に関する研究
小笠原父島でのギシギシのフェノロジ−と環境条件との関係を明らかにするとともに,茨城県つくば市の研究所内の実験ほ場において父島で採取したギシギシの生育実験を行い,また,温室内で育成したギシギシについて光合成速度と土壌水分量との関係を調べ,小笠原の自然環境に対するギシギシの適応の仕方について考察した。
20年間の長期継続調査のデータに基づいて小笠原のギンネム林の更新過程を解析した。多くの林分は戦後成立した一斉林であり,同齢林における寿命により崩壊した。新たに侵入したギンネムキジラミの食害は一斉枯死の促進要因として重要である。小笠原のギンネム林は,定期的な撹乱がある場所以外では衰退しつつある。
島嶼生態系に移入した生物が,そこの生態系にどのような過程で定着し,種の維持を図り定着しているかを明らかにすることを目的とした。
@小笠原諸島に生息する移入種であるモズと在来種であるイソヒヨドリを対象に,種間関係に着目して研究を遂行した。
A帰化植物が侵入しやすく,種組成が貧弱で人為的撹乱が大きい海岸に着目し,亜熱帯から熱帯に広く分布しているグンバイヒルガオの生理生態学的特性を明らかにする目的で研究を行った。
(4)島嶼の生態系保全のためのモデリング・評価に関する研究
比較的小さな流域に適用可能な陸面水文過程モデルの開発と,このモデルを長期に積分できるモデル強制力データを作ることに成功した。植生・土壌パラメータデータについては父島および母島で収集に成功した。これらのパラメータデータ,およびモデル強制力データを利用することで,開発したモデルは9年間の長期にわたって安定して走ることが確認された。このモデルによる小笠原の水循環の再現実験では,気孔抵抗の重要性が示された。また植生の変化実験をこのモデルを使って行うことの可能性が示された。
島嶼などの撹乱を受けやすい生息地に外から侵入した種と既存種の間で競争が起きる状況を拡散増殖モデルを用いて解析した。とくに,撹乱の大きさ,場所,到来時間の影響を調べたところ,多様性維持に有利に働く条件として,@撹乱のかかる場所がランダムである A撹乱強度が中位である B撹乱の到来時間がランダムであることが明らかになった。好適な環境が帯状に分断化された環境における生物侵入についてモデル化を行い,侵入種の時・空間的パターンと分布拡大速度について一般的な理論式を導いた。また,マツ枯れの空間的な広がりがどのように進展していくかを,マツ,カミキリ,ザイセンチュウの三者の種間相互作用とカミキリの分散様式を取り入れた数理モデルを用いて明らかにした。
島嶼生態系保全のために,「亜熱帯域島嶼生態系管理システム」の構築を目指した。それは「島嶼生態系データベース(SIMA-DATA)」,「生態系総合評価システム(SIMA-HGM)」,「個体数変動予測モデル(SIMA-POP)」という3つのサブシステムから構成されている。
生物多様性は景観・生態系・種・遺伝子の階層構造を構成しているので,それぞれのレベルから評価する。その際,本プロジェクトで蓄積されたデータや既存のデータを活用する。そのデータベースが「島嶼生態系データベース」である。過去・現在・未来にわたって,あらゆる調査研究で得られた知識がSIMA-DATAに蓄積され,必要な情報が引き出されることが可能になる。ここの生物はデータベースに記録されているだけでは,今後どうなるかわからない。そこで,SIMA-DATAのデータを引き出し,SIMA-POPを使ってモデル的なシュミレーションを行って,固有種や移入種の動態を予測できる。さらに,もう一つの評価軸が生態系の持つ機能の評価である。生物多様性の維持された島嶼生態系から我々は様々な機能を利用することができる。たとえば,豊かな森林は貯水機能が高く,集水域に天然のダムとして水を蓄える。そのような,生態系の持つ機能が失われることのないように管理することがSIMA-HGMモデルを使って実施できると思われる。
〔発 表〕h-3,15,16 |
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