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開発途上国環境技術共同研究
3.富栄養湖沼群の生物群集の変化と生態系管理に関する研究
〔担当者〕
| 地域環境研究グループ |
: |
森田昌敏・高村典子・福島路生・
木幡邦男・松重一夫・今井章雄 |
| 生物圏環境部 |
: |
上野隆平 |
中国科学院水生生物研究所
東湖湖泊生態系統実験站 |
: |
謝 平・黄 祥飛・黄 根田・
諸葛 燕・王 健 |
| 中国科学院水生生物研究所 |
: |
梁 彦齢・沈 ■芬・王 士達・
倪 楽意・楊 宇峰・叶 軍・
宋 天祥 |
| 客員研究員 |
|
3名 |
| 下線は研究代表者を示す |
〔期 間〕
平成7〜11年度(1995〜1999年度)
〔目 的〕
揚子江中下流域の湖沼はいずれも浅く,生物生産性が高く,高等水生植物が豊富で沿岸帯が発達している。揚子江とこれらの湖沼群は本来つながっており,経済的価値が高い回遊性魚類が行ききしてきた。しかし,ここ数十年のダム建設によって,洞庭湖と番阻湖の2つの大型湖沼を除くほとんどの湖は揚子江から切り離された。さらに,乱獲に近い無計画な漁業を行ったために,揚子江流域の湖沼群の自然資源は激しく破壊され,湖沼生態系の構造は大きく変えられつつあり,回遊性魚類の種類数の激減,優占魚種の小型化,草食性魚種の過放養殖による沿岸植物群落の極端な破壊,それに伴う生物多様性の著しい減少と植物プランクトンの異常増殖などが深刻である。揚子江流域湖沼群の生物群集は生物地理学的にも極めて貴重で,その保護並びに保全が必要であるが,それにも増して,自然資源の破壊が,反作用として人々の生活に跳ね返ってくる影響もまた深刻であり,緊急にその破壊の実態を把握し,持続的利用可能な湖沼保全策を施さなければならない。本研究は揚子江流域という特有の地域を事例として,広く湖沼の生態系管理手法としての汎用性のある施策の提唱を目的とする。
〔内 容〕
(1)揚子江流域湖沼における生物相及び生物現存量に関する研究
揚子江とつながっている湖(洞庭湖)と隔離された湖(東湖)を研究対象湖沼とし,この2つの湖で,栄養塩,溶存有機物などの理化学要因と,魚類,動物プランクトン,植物プランクトン,原生動物,底生生物,水生植物,細菌の現存量の調査から,現状の生態系の構造を明らかにし,環境破壊の現状を把握する。
(2)各分類群の個々の生物に関する生理,生態的研究
特に,これまで観察が困難で研究の進んでいない繊毛虫,ベン毛虫などの生理,生態学的特性を物質循環の観点から明らかにする。
(3)生物間の相互作用に関する実験的研究
物質循環の見地から各生物間の相互作用の研究を行う。例えば,植物プランクトンと動物プランクトンの関係,原生動物と動物プランクトンの関係,魚とプランクトンや底生生物との関係,さらに同じ栄養段階の生物間の関係等を実験的手法を用いて解明しながら,生態系予測のためのパラメータを検討する。
(4)隔離水界を用いた鯉科魚類(ハクレン)の生態系影響評価に関する研究
霞ヶ浦に隔離水界を構築し,ハクレンが水質浄化に有効かどうかの実証的研究を行う。霞ヶ浦隔離水界を用いた1996,1997年度の実験で,ハクレンがプランクトン群集構造に与える影響については明らかになってきた。本年度は,ハクレンの有無によって生ずるプランクトン群集の違いが生態系のプロセス(炭素・窒素循環)に与える影響を明らかにするための実験を行った。実験は5m×5m×2.5mの隔離水界2基を用い,6月末に一方の水界は「ハクレンなし」,他方の水界「ハクレン有り」には1才魚のハクレンを229匹導入した。約一ヵ月後,各々の水界のなかに,2m×2m×2.5mの小型の隔離水界を一時的にセットした。ただし,ハクレン有りに関しては,いったんハクレンを除いた後に小型隔離水界を設置し,改めてハクレン40匹を導入した。実験は,7月29日4:00に安定同位体NaH13CO3(99 atom% 15g),15NH4Cl(99.8 atom% 0.5g),15NO3(99.6 atom% 0.77g)を導入し4時間ごとに7月30日20:00まで,その後は頻度を減らし8月3日まで,小型隔離水界2基の環境要因を測定する
とともに,生態系の構成要素の炭素,窒素の移行の変化を測定した。
〔成 果〕
これまで洞庭湖の生物に関しては魚類の組成と漁獲統計以外には研究報告がない。
我々の調査でワムシに関して5種類の新種と34種類の中国新記録を含める136種類を記録,原生動物に関して13種類の中国新記録を含める145種類を記録した。植物プランクトンに関しては3変種と6中国新記録を含める416の分類単位(Taxa)を記録した。洞庭湖調査地点での全リン量は霞ヶ浦と同レベルであったが,全窒素が高い値を示した。クロロフィルa量は極めて低かった。
東湖の全リンおよび全窒素の年平均の濃度は,最も汚れているで手賀沼の約1.6倍,湖の中心部でも霞ヶ浦高浜入り湾奥部の約2倍であった。しかし,クロロフィルa量はかなり低いことがわかった。全リン当たりのクロロフィルa量の低さは,世界の温帯域,亜熱帯の湖沼と比較しても際だっていた。霞ヶ浦では透明度はクロロフィルa量にある程度規定されているが,東湖ではクロロフィルa量以外の要因があると考えられる。特に,クロロフィルa量が下がっても透明度が上がらない特徴がある。これは,揚子江流域の底質による細かな粘土粒子によるものではないかと考えられた。
東湖での漁獲高は0.9 t/haで湖沼の魚の生産量としては世界最大である。東湖の漁業は秋に行われる。漁獲高は漁法の変化,漁獲努力やマーケットの状況の変化等に左右されるため,湖沼における魚の現存量を反映するかどうかは極めて疑わしい。東湖はその9割以上がハクレンとコクレンで魚類相が単純であるため,魚探により現存量の推定を試みた。時期は毎年,その現存量が最大になると考えられる8月と一度目の網入れが終了後の11月の年2回行った。1996年と1997年の結果から,湖内での魚の分布と個体数(例えば1996年の8月では0.128〜0.318 inds./m2)が推定された。個体数は,下水が流入する湾奥部で最も高かった。湖での8月の魚の密度は197〜222万尾(12km2あたり)と推定された。
東湖の生態系の長期変化を明らかにするために,1970年代からの東湖の長期的なデータの整理を行った。まず,漁獲高は100 kg/ha以下(70年代初)から現在1000 kg/haを越えている。この間魚類相の単純化が進み,現在はハクレンとコクレンの密度はほぼ1対1である。80年代初に優占していたアオコ(Microcystis)は80年代後半はクリプト藻と珪藻が主体になった。こうした植物プランクトンの優占種の変化に伴って,枝角類の密度は半分以下になり,大型のDaphnia
galeataがMoina micruraに変わった。カイアシ類と輪虫類も幾分,その密度は減少しているが枝角類ほどの大きな変化はなかった。植物プランクトンの一次生産量は80〜90年代にかけて大きく変化していない。
東湖におけるハクレン,コクレンの体型と成長を1970,80,90年代の3つの時代に分けて解析した。まず体型の変化としては,70年代から90年代にかけてハクレン・コクレンとも魚体の肥満度が上昇していた。一方,ハクレン・コクレンの成長率は,70年代から80年代に入って急激に低下し,90年代になってやや回復したが,70年代と比べると成長が悪かった。コクレン,ハクレンの体型の変化とその要因については今後検討する。
東湖の漁獲量は,ハクレンとコクレンの捕食圧の増加によるアオコの消滅後も増加しており,その原因としては流入負荷量の増加に伴う微生物食物連鎖の駆動力の増大とアオコの消滅により栄養価の高い植物プランクトン相に変化したことに伴う動物プランクトン群集の生産性の増大などが考えられた。
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