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開発途上国環境技術共同研究
1.石炭燃焼に伴う大気汚染による健康影響と疾病予防に関する研究(最終年度)
〔担当者〕
| 地域環境研究グループ |
: |
安藤 満・平野靖史郎・
山元昭二・松本幸雄 |
| 中国予防医学科学院 |
: |
曹 守仁・吉 栄■・梁 超軻 |
| 下線は研究代表者を示す |
〔期 間〕
平成6〜10年度(1994〜1998年度)
〔目 的〕
開発途上国は急増する人口圧力と経済の急発展の中で,先進国をモデルに化石燃料に依存した近代化を進めているが,なかでも世界人口の21%,12億4千万の人口を抱える中国は,エネルギーの79%を石炭に依存し,1990年代以降急速な近代化を進めている。経済の急発展は,生活向上の恩恵と衛生設備・医療の普及に基づく社会の発展を支える反面,経済活動による環境,自然,健康へのインパクトが予測できないほど深刻化する側面を有している。化石燃料の消費増大による最大のインパクトは,生産過程,エネルギー消費,流通,廃棄過程において発生する環境汚染である。燃焼時に発生する一次大気汚染とその後の大気化学反応による二次大気汚染は広域汚染を起こし,日本への影響も指摘されている。化石燃料なかでも石炭は,有害ガスや粉じんの発生量が多いため,現在中国においては浮遊粉じん,硫黄酸化物,有害化学物質による大気汚染が著しい。暖房や工業用の石炭燃焼による大気汚染と並行して,日常生活における石炭燃焼による屋内汚染も著しい。中国においては当分の間,石炭はエネルギーの根幹をなすと考えられており,石炭燃焼に起因する環境汚染による健康リスクの研
究は最重要課題である。
石炭中には地質由来の様々な汚染物質が含まれており,石炭燃焼時には燃焼生成物と同時にこれら地質由来の汚染物質が大気中に放出される。中国の都市においては,冬季の暖房期に石炭燃焼に伴う大気汚染の発生が著しい上に,夜間は放射冷却による逆転層が形成されるため,広域大気汚染が発生する。これに加え石炭ストーブを利用する家庭においては,その使用によりさらに高濃度の屋内外汚染が発生する。中国における屋内汚染は,家庭用ストーブが唯一の熱源である農村部においては,最も重大な環境汚染となっている。石炭燃焼によるガス状や粒子状の大気汚染は,熱源としての石炭ストーブの利用と並行して日中から夜間を通して観測され,著しく高濃度の汚染状況であった。この結果,中国の都市部や農村部においては石炭燃焼に伴う深刻な大気汚染と屋内汚染が起こっている。大気汚染の中には種々の有害化学物質が含まれており,屋内汚染の進行と相まって住民の暴露が重大になると,健康上深刻なリスクを引き起こすと予想される。このため1994年より5年計画で,本研究所と中国予防医学科学院環境衛生・衛生工程研究所との間で,石炭燃焼に由来する大気汚染による健康影響の
調査と,汚染防止に関する共同研究を実施してきた。
日本では「大気汚染防止法」により有害物質として指定されているフッ素化合物による環境汚染が,中国の広範な地域に存在し,現在,中国においてはフッ素汚染対策を緊急の課題として実施している。フッ素汚染は主に飲料水から石炭燃焼によって非常に広範囲に起こっているとされており,上海市を除く31の省,自治区,直轄市がフッ素汚染にさらされている。1億4百万人の人口がフッ素汚染上リスクのある地域に居住し,歯牙フッ素症の患者の総数は4300万人に上ると報告されている。
このうち石炭燃焼に由来する屋内汚染は14の省の農村地域において報告されており,フッ素の吸入と食品汚染を介した暴露によって,フッ素症の流行が起こっている。1997年現在石炭燃焼由来のフッ素症の患者は,歯牙フッ素症が1816万人,骨フッ素症が146万人に及ぶと報告され,近年骨フッ素症患者の数は増加している。フッ素症の治療は困難と考えらるため,フッ素症の発生条件を解明し予防医学的対応を行うのが最善と予想される。このため中国のフッ素汚染地区の大気汚染の実態と住民の健康状況を日中共同で調査し,フッ素暴露とフッ素症発生の関連,疾病発生機構の解明を行い,予防対策のための科学的知見を確立した。
〔内 容〕
フッ素汚染とフッ素症発生の解明のため,中国現地医療機関の協力と自治体住民の協力を得て,日中共同の疫学調査と臨床診断を実施した。フッ素汚染のない対照地区として江西省南昌市湾里区の一鎮を選定し,フッ素の重度汚染地区である四川省土家族苗族自治県の一郷と中等度汚染地区の貴州省馬令南自治州龍里県の一郷において現地調査を実施した。江西省の対照地区の石炭は省内の炭坑より輸送しているが,その石炭中のフッ素濃度は低く,石炭燃焼の際発生する屋内汚染も少なく,フッ素汚染に起因する歯牙フッ素症および骨フッ素症は観察されないため,対照地区とする基準を満たしている。一方フッ素汚染地区の石炭は近隣の小規模な炭坑で採炭し,トラックで輸送している。その石炭中のフッ素濃度は著しく高い。屋内において石炭を調理や暖房の熱源として使用しているが,石炭燃焼の際発生するフッ素汚染が著しく,歯牙フッ素症および骨フッ素症が観察されている。いずれの地区も,農家の多くは自給自作の食生活を送り,一部農家は換金作物も栽培している農村地帯である。
〔成 果〕
このような汚染−非汚染地域におけるフッ素暴露の違いを明確にするため,暴露指標となる屋内大気汚染,フッ素汚染,食品汚染,およびこれらの測定値からの住民の暴露量評価を行った。汚染地域においては調理用や暖房用熱源として使用される石炭および土壌中フッ素濃度が著しく高濃度であり,このような石炭の燃焼によって,深刻な屋内大気汚染が観測された。屋内大気汚染も住民の健康リスクとして重大であり,大気中に含まれるフッ素による汚染は,直接吸入暴露を引き起こす一方,貯蔵食品の汚染に結びつきやすく,食品汚染を介した経口摂取が問題となる。
調査の結果,気中フッ素汚染は貯蔵食品汚染を引き起こしていることがわかり,経口摂取を引き起こす原因食品として重要なものは,穀物のトウモロコシと唐辛子であり,野菜の汚染レベルは低かった。
汚染地区と非汚染地区に居住する家族について調査した個人当たりのフッ素暴露量の測定の結果,フッ素汚染地区では,特に著しいフッ素暴露下に生活する家族が存在する一方,同じフッ素汚染地区でもフッ素摂取量を低減化させている家族が存在した。一方非汚染地区のフッ素摂取量は著しく低い。なお,これらの調査汚染地区においても飲料水中のフッ素濃度は低く,汚染源が石炭であることが明らかである。
図1に示すように人体暴露を起こしたフッ素は,硬組織に沈着し組織形成に影響する一方,尿中に排泄される。このため尿中フッ素濃度は有力な暴露指標であるが,両地域間には顕著な差が存在した。非汚染地区の尿中排泄濃度は,日本人のフッ素汚染とほぼ同じレベルの汚染である。一方,汚染地区住民の尿中排泄濃度は高く,フッ素暴露量の増加は,住民の尿中フッ素濃度の増加として反映されており,以下に報告するようなフッ素症の発現が観察された。
汚染地区においては,児童の歯牙フッ素症は,フッ素暴露状況を反映し,有所見者の症状は重症から軽度まで,罹患度の個人差が大きい。詳細に検討した結果,以下の事実が明らかになった。対照地区では97.0%が正常であり,このことから中国児童・生徒ではフッ素以外の原因でも,歯の異常は非常に少ないことが明らかとなった。中等度の汚染地区では正常は17.9%に過ぎなかったが,歯牙フッ素症に関しては,軽度,中等度,重度とほぼ同程度の罹患が見られた。このことは同一の生活環境下にありながら,歯牙フッ素症の罹患度には個人差があることを示している。このような傾向は飲料水由来のフッ素症の罹患の際にも報告されている。これらの罹患状況から飲料水由来のフッ素汚染に換算すると,1日あたりのフッ素暴露量は約5mgとなる。重度の汚染地区としての四川省山村では正常は約0.5%にすぎなかった。これに対して重度は72.7%におよび,高濃度汚染が生じていることが明らかとなった。これらの罹患状況から飲料水由来のフッ素汚染に換算すると,1日あたりのフッ素暴露量は約10mgに相当する。歯牙フッ素症は,永久歯に生え変わる前にフッ素に汚染される
と発生するが,親子間での歯牙フッ素症罹患度の比較してみると,重度汚染地区では親子とも中等度から重度の罹患であり,ここ40年間における歯の形成期の環境には変化がないことをうかがわせている。また,中等度の汚染地区では,子供の方が両親より重度である組み合わせが50%に上るのに対し,子供の方が軽度である組み合わせは15%にすぎない。このことは現在の方がフッ素汚染が進んでいることを示している。したがって中等度汚染地域においても,重度汚染地域とともに早急な対策が必要とされる。
骨フッ素症の症状の骨X線写真による診断では,前腕,下腿,骨盤,胸部について骨硬化の重症例,中等度症例,軽症例が観察され,以下の事実が明らかになった。重度汚染地区では受診者の84%に重症の骨フッ素症を認めたが,中等度汚染地域とされている貴州省では,重症例は51%に認めただけであった。重度汚染地区では骨フッ素症の病期と歯牙フッ素症の程度はほとんどの症例で一致したが,中等度汚染地区では,骨が重症であるのに歯は変化がないか,あっても軽度の人が少なからずいた。歯牙フッ素症は,永久歯に生れ変わるまえにフッ素に汚染されると発生するのに対して,骨フッ素症は成人してからの汚染でも発生する。重度の人々は,小児期からフッ素に暴露されていたために,骨にも歯にも高度の変化が見られたと考えられる。中等度汚染地区においては骨フッ素症は高度であるが,歯牙フッ素症はないかあっても軽度という結果は,この地域の人々は成人してからフッ素に汚染されたためと考えられる。以上の結果より,中等度汚染地区の貴州省は近年石炭の消費量が増加し,それに比例して骨フッ素症も増加していると考えられ,早急な対策を必要としてる。
中国におけるフッ素汚染による暴露影響は著しいが,石炭燃焼に由来するフッ素汚染地区と非汚染地区の比較検討の結果,適切な対策による暴露低減化の方向が予見できる。1998年度でフッ素汚染に関する日中共同調査は終了したが,本共同研究により中国における石炭燃焼によるフッ素汚染の実態と健康障害が,国際的にも明らかになった。近い将来フッ素汚染地区における暴露量低減化研究の進展により,フッ素症抑制に向けた予防対策が確立できるものと確信している。
〔発 表〕B−6, 9 ,10, 116, 117, b−9, 10,
12〜15, 209, 213
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