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環境研究総合推進費による研究(地球環境研究)
5.海洋汚染に関する研究
〔担当者〕
| 地球環境研究グループ |
: |
原島 省・くぬぎ正行・原田茂樹 |
| 地域環境研究グループ |
: |
木幡邦男・中村泰男 |
| 化学環境部 |
: |
柴田康行・堀口敏宏 |
| 水土壌圏環境部 |
: |
渡辺正孝・村上正吾・牧 秀明
内山裕夫・徐 開欽・越川 海
高松武次郎・越川昌美 |
| 生物圏環境部 |
: |
渡邉 信・広木幹也・河地正伸 |
| 下線は研究代表者を示す |
〔目 的〕
人類の作り出した化学物質は総数1800万種ともいわれるが,これらは,大気や河川を経由して最終的にはすべて海洋に流入する。また,本来生物活動に必須で親生物元素と呼ばれるリンや窒素なども,沿岸海域に過剰に負荷されているため生態系の変質を招いている。特にアジア大陸に隣接する東シナ海・南シナ海などの海域帯で顕著である。
一方で,海洋は,植物プランクトンを基礎とする海水中の生物群集やサンゴ礁,マングローブ帯などの豊富な生態系を内包しており,本来これらの場が地球環境を安定化する役割を果たしているが,近年それらが喪失しつつあることが問題になっている。
これらの問題は本来的に国際間の問題であるため,アジアの他の国との協同による海洋環境保全策を確立することが課題となっている。ただし,欧米諸国において行われているような海洋の共同研究は,アジア域においては,国情の違いや研究課題が非常に多様なことから,短期間で達成されるものではなく,今後長期的な展望のもとに立案・実行する必要がある。
このような背景から,アジア大陸に隣接した海域の海洋生態系の機能への人為的影響を検知することを目的とし,揚子江河口域における集中実験と,定期航路船舶によるアジア大陸隣接海域帯の海洋観測を軸にしつつ,アジア各国との連携をはかることを目標とする。
〔内 容〕
以上のような研究ニーズや国際的な動向を考慮し,地球推進費による省庁横断的な体制により,以下のような3つの研究課題をたて,他の国立研究所,大学全体との共同体制により研究を遂行した。
(1)「渤海・東シナ海における河川経由の環境負荷が海洋生態系に与える影響評価手法に関する研究」(平成8〜10年度)では,日中の共同研究プロジェクトとして,特に陸海相互作用の大きい揚子江河口域において,物質フラックスとその海洋生態系への影響を明らかにするプロセス研究を行った。隔離水塊(メソコスム)実験,セディメントトラップによる海底堆積過程の実験などの手法を用いている。
(2)「東アジア海域における有害化学物質の動態解明に関する研究」(平成7〜11年度)は,有害化学物質の動態把握を行うことを中心とし,平成7〜9年度の課題を2年間延長したもので,平成10年度はその4年次めにあたる。特に海水に希釈された低濃度の化学物質を広域的に検知するため,フェリー搭載型連続試料濃縮捕集システムを開発した。この装置をフェリーに搭載し,時間的空間的に頻度の高い観測を実施した。航路上において採取したすべての試料から,極低濃度ではあるがHCH類やクロルデンなどの残留農薬を検出し,その分布が物質によって異なることおよび気象要因などによって変動していることを明らかにした。
(3)「アジア大陸隣接海域帯の生態系変動の検知と陸域影響抽出に関する研究」(平成8〜10年度)では,温帯域から熱帯域に拡がる東アジア大陸隣接海域帯の栄養塩変動と,それに対応した植物プランクトン生態系の変動を検知する手法の確立をめざす。具体的には,人為影響による窒素とリンが,自然風化によるケイ素に対して相対的に増加することにより,潜在的に有害性をもつ渦ベン毛藻類が出現することを把握・評価することを目的とする。さらにこれを軸にしてアジア各国との連携をはかる。前年度より継続したコンテナ船アリゲータホープ(日本−香港航路)に設置した連続取水系により1998年度には神戸−香港間で計測を行った。これらの生物化学量の変化を南シナ海の流動の数値シミュレーションモデルと比較し,環境要素との関連を評価した。
〔成 果〕
(1)渤海・東シナ海における河川経由の環境負荷が海洋生態系に与える影響評価手法に関する研究
1998年5月13〜18日にかけて長江河口域での海洋観測を行い,昨年の観測結果を踏まえて,河口域における汚濁物質の組成・循環と微生物を中心とした海洋生態系の優占構成種・現存量を詳しく調査した。長江河口域における主要元素および微量元素の供給源を調べるために,海水中の懸濁粒子を採取し,ICP−AESおよび中性子放射化分析を用いて34元素の組成を分析した。その結果,ほとんどの元素は陸から天然の鉱物として供給されるが,Mn,Caは底泥から,Zn,Baなどはプランクトンから供給されることが明らかとなった。
長江河口域における物質循環を調べるために,セディメントトラップ係留実験を4回実施した。その結果,現場の水塊構造と沈降粒子量との間には高い相関がみられた。すなわち成層時には表層において生物活動の影響を強く受けた粒子が多く,底層(躍層下)では表層堆積物から再懸濁した粒子が非常に多い傾向を示した。また鉛直混合時には表層堆積物の再懸濁が表層近くまでおよび,水塊全体で沈降粒子量が高くなる傾向がみられた。
長江沖海域の9測点(C1,C3,C5各サイトの表層,中層,底層)において,16S
rRNA遺伝子情報に基づいた細菌群集の多様性解析を行った。この結果,サイトごとに細菌相が異なり,特に沿岸に近いC1サイトは特異的で長江からの流入水の影響が示唆された。また,いずれのサイトにおいても表層は中層,底層と異なる細菌相を示した。このうちC1サイト表層より得られた約70クローンについて16S
rDNA塩基配列を解析した結果,α−,γ−Proteobacteria,Cytophaga−Flexibacter−
Bacteroidesを主体とした多様性に富んだ細菌群集が認められた。また,培養可能な細菌についても表現型に基づく多様性解析を行った結果,光合成経路の一部を有し富栄養域に多く見られるRoseobacterを主体とした比較的偏った多様性が観察された。
植物プランクトンの中でもピコサイズの種に関する多様性調査と解析は立ち後れているのが現状である。従来法による多様性解析と併せて,ピコサイズ種にも注目して調査を行った。前年度までの調査から,ピコ植物プランクトンの検出に有効だったフローサイトメトリー(FCM)法を用いて,調査海区10地点,3層の水深から採取したサンプルについて解析したところ,長江河口域の沿岸側では細胞密度が極端に低く(200〜7,000cells/ml),最も高い値を示した外洋側の地点(16,800cells/ml)でも他の海域からの報告値(100,000〜500,000
cells/ml)と比較して低いことが判明した。ピコサイズ植物プランクトンの分布が長江河口由来の水塊の分布と関連する可能性のあることが示唆された。また培養法を用いたピコ植物プランクトンの多様性調査からは,全世界的に広く海洋に分布することが確認されている4属4種の種を検出できた。
1998年5月18〜26日にかけて長江河口域で上海より100km程沖合の崢泗列島に海洋メゾコズムを設置し,長江で予測されるリン負荷の増大に対応したリン添加実験を行った。この結果を1997年10月に行った同様の実験と比較すると,本海域の制限栄養塩であるリン添加によって両年とも植物プランクトンブルームが観測され,また両年とも珪酸塩が豊富であるにもかかわらず,1998年5月の実験においては珪藻ではなく渦ベン毛藻が卓越した。
沿岸域における船舶からの油流出は頻繁に発生しておりプランクトン生態系への影響は無視できない。本課題では生態系隔離実験系(海洋メゾコズム)を船舶往来の盛んな海域である長江河口域に設置し,人為的に船舶油を添加し,生態系への影響をモニタリングする実験を7日間にわたって行った。
1998年5月26日に2つのメゾコズムにほぼ同じ水塊を隔離し,生物生産の制限因子となっているリン酸塩を添加した。2日間にわたってメゾコズム生態系の初期条件を観察した後,片方のメゾコズムにディーゼル油の水溶性画分を投入した。水溶性画分は主にレジン,アスファルテン分で構成され,投入後の油初期濃度は1.6ppmであった。油添加及びコントロールメゾコズムのプランクトン構造の変化の観察とともに,一次生産者あるいは細菌から上位生態系への炭素伝達を測定するために,溶存有機,無機の13Cトレーサを用いたin situ培養実験を行った。
油添加前のプランクトン組成は両方のメゾコズムで類似していた。植物プランクトンとして渦ベン毛藻(Prorocentrum
cordatum),捕食者として従属栄養性渦ベン毛藻(Noctiluca
scintillans),マイクロサイズの有鐘繊毛虫が優占していた。ただし細胞数あるいは個体数はコントロール系の方が若干大きかった。カイアシ類などの動物プランクトンは両方で類似していた。油添加後,コントロール系に比較してN.
scintillans及び有鐘繊毛虫の明らかな減少が観察された。一方でP.
cordatumやカイアシ類の現存量の変化は,コントロール系に比較して大きくなかった。13Cトレーサ実験によると細菌あるいは一次生産者から上位捕食者へのトレーサ伝達は,油添加メゾコズムにおいて相対的に低下していることが観察された。この結果から,繊毛虫およびN.
scintillansがディーゼル油の水溶性画分に対して影響を受けやすいことが示唆された。特に繊毛虫は渦ベン毛藻の優占する系においては重要な植物プランクトン捕食者であるから,繊毛虫の油による衰退は植物プランクトンに対するtop−down制御機能を大きく抑制する可能性があると考えられた。このように油添加実験においては,動物・植物プランクトンの現存量,植物プランクトンの光合成活性に著しい負の影響が計測された。
これらの海洋メゾコズム実験結果から,将来予測される東シナ海へのリン負荷量の増大あるいは油濁汚染に伴う海洋環境変化の予測に関する重要な知見を得ることができた。
〔発 表〕G−25
(2)東アジア海域における有害化学物質の動態解明に関する研究
有害化学物質による海洋汚染の動態把握に資するために定期フェリー「くろしお」を用いた観測体勢の確立を行い,従来得られなかったダイナミックな変動の様子をとらえることができた。さらに観測範囲を拡大するために,様々なタイプの商船や観測船に随時搭載可能な新たな捕集システムを開発し,フェリー「さんふらわああいぼり」に搭載して試運転を実施した。新たに開発した捕集システムは,カラム5本ごとにユニット化したシステム構成となっており,このユニットを積み重ねることにより目的にあった観測が可能である。各ユニットは小型化されており設置面積も従来に比較して狭くなっているために,設置場所が限定される貨物船やコンテナ船などにも搭載可能である。さらに,制御部もユニット化しておりパソコンによる自動制御により任意の時間や間隔で捕集可能とした。
完成した新しい捕集システムを,海水中の有害化学物質のより詳細な動態解明に資することを目的として,フェリー「さんふらわああいぼり」に搭載し,ほぼ月1回の観測を開始した。また,前年度までの観測の結果では大気からの負荷の可能性が強く示唆されているので,フェリーにハイボリュームウレタンフォームサンプラーを搭載し,同時観測を開始した。まだ年を通しての観測結果は得られていないが,α−HCHは各海域であまり大きな変化はないが,大阪湾の150pg/lから別府に向かうにしたがってわずかながら低くなる傾向がみられた。一方,β−HCHは大阪湾で370pg/lと最も高濃度であるが,他の海域では比較的変動があり,最も低いところでは大阪湾のほぼ半分程度の160pg/lであった。さらに,クロルデン類も全海域で観測され,その濃度は10〜25pg/lであり,かつクロルデン類は行きと帰りでその濃度は異なっている。こうした詳細な動態は今まで明らかにされておらず,本研究によってはじめて明らかにされたものである。
〔発 表〕A−11,a−19, 20
(3)アジア大陸隣接海域帯の生態系変動の検知と陸域影響抽出に関する研究
南シナ海の流動を,1/4度格子,7層位の数値シミュレーションモデルにより明らかにし,南シナ海の循環が,モンスーンの風応力に応答する吹送流としての性格が強いことを確認した。また,中国大陸に沿って大陸沿岸水が流入してくること,夏の南西モンスーン季に,ベトナム沖に湧昇流が起こることが判明した。南シナ海では海水流動のデータが少ないことから,このシミュレーション結果が後述のモニタリングデータを解釈する上で重要となる。モデルの風応力は気候値(永年の月別平均値)によったが,上記の結果からは,モンスーンにエルニーニョ等の変動が現れると,南シナ海の流動も影響を受けることが考えられる。
また,観測面では,1997年度には,日本−マレーシア間のコンテナ船アリゲータホープへの第1回便乗調査を行った。その後,東南アジア各国の経済不況により,同コンテナ船が香港−日本−北米航路に変更された。このため,1998年度には,神戸−香港往復航路で5回の計測を行った。
方法としては連続海水取水系により,栄養塩分析用,光合成色素分析用,マイクロプランクトン分析用およびナノ・ピコプランクトン分析用の各サンプルを採取する。プランクトン分析用サンプルは静置沈殿濃縮の後,DAPIおよびFITCで二重染色を行い,光学顕微鏡および落射蛍光顕微鏡で計数・サイズ計測・分類群判別を行う。これらの集計結果から,Strathmann(1967)の経験式により,細胞形状別に炭素バイオマス量に換算した。そして,プランクトン種ごとの細胞数を乗じ,プランクトン種別(a)渦ベン毛藻 (b)珪藻 (c)ハプト藻 (d)微小ベン毛藻(クリプト藻,プラシノ藻,黄金色藻類を含む) (e)シアノバクテリア(トリコデスミウム) (f)ピコシアノバクテリア(球形粒子状のシネココッカス)の炭素換算バイオマス量を求めた。
南シナ海および東シナ海では,沿岸域を除いては基本的に栄養塩濃度が低く,このため,植物プランクトン濃度は低かった。種組成としては,東シナ海では低いバイオマスのうち(f)の相対割合が高く,南シナ海では(a)と(f)が高かった。香港近傍とマラッカ海峡では栄養塩濃度が高くなっていた。香港近傍では,この高い栄養塩によって,プランクトン量が多かったが,季節により,珪藻類が卓越する場合と渦ベン毛藻類が卓越する場合があった。マラッカ海峡に関しては1997年1回の観測の範囲内ではあるが,(b)珪藻が卓越していた。ベトナム沖測点でも(b)がみられた。
上記の〔目 的〕で述べたシナリオ,すなわち,「(N,P)/Si比が人為影響で増大し,このため非珪藻類/珪藻類の比が増大する」という作業仮説を観測結果と比較すると,このシナリオが南シナ海全体についてそのまま単純にあてはまるものではない。南シナ海全体について見れば栄養塩濃度が低く人為影響は見かけ上小さいようにも見える。
ところが,南シナ海で,バイオマス量としては小さいものの,相対比としては,渦ベン毛藻類やその他の非珪藻類が卓越していることが観測された。また海洋構造からすると,南シナ海は閉鎖性の海盆である。バシー海峡を経由して黒潮の上流部分が流入するが,その流量のほとんどが再びループ状に太平洋側に流出してしまう。また,上記数値モデルで明らかになったように,大陸の沿岸水が南下流入している。これはSeaWiFS衛星クロロフィル画像からも推測される。したがって,徐々にではあるが人為的負荷が蓄積されつつあることが考えられる。
また,温帯域以北の海では,冬季に鉛直混合があり,下層の窒素,リン,ケイ素がほぼレッドフィールド比を保って上層に補給される。このため年に一度上層海水の更新が行われ,珪藻類がブルームを起こす。このブルームには有害性はなく,良好な基礎生産に寄与する。これに対し,南シナ海の場合,年間を通じて混合が下層(臨界層深度)まで到達しないため,貧栄養であっても,かえって非珪藻類に有利な条件となるのであろうと推測される。
つまり,南シナ海は全体として,渦ベン毛藻類が出現しやすい構造になっているといえるだろう。したがって,南シナ海に面した沿岸域は,もしそこに窒素,リンが負荷されれば,温帯以北の沿岸域に比べて有害藻類が出現しやすい,すなわち,基本的に脆弱な海洋生態系であるといえよう。事実,香港近傍で,季節依存的に渦ベン毛藻類が出現したデータが得られている。以上の観測的事実は,まだ回数が少ないため,考えられる環境変動シナリオに関する仮説を立てる段階にある。したがって,さらに持続的にデータを蓄積する必要がある。
以上により,コンテナ船等の定期航路船舶をプラットフォームとして継続的にモニタリングを行うことの有効性が確認できた。さらにこのモニタリングを軸にして各国間の協力体制を形成することが望まれる。このことから,1998年1月にアジア各国専門家を招へいして第1回のCoMEMAMS(Cooperative
Marine Environmental Monitoring in the
Asian Marginal Seas)の会合を催した。この会合での総合討論の結果を受けて,4−th
Session of IOC−WESTPAC(第4回政府間海洋学委員会西太平洋地域委員会,1999年3月にソウルで開催)において,このプログラムをGOOS−HOTO(全球海洋観測システム−海洋の健康度モジュール)の一環として位置づけ,今後IOCの事業として実行するよう提案を行った。
〔発 表〕K−39,73, A−59, 61, a−58〜61
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