研究者に聞く!!
Q:保存試料の管理は大変ですか。
柴田:データベースを作成し、試料採取や処理条件などの情報とともに試料を管理しています。それぞれの保存施設には、温度や液体窒素の量を常にモニターし、液体窒素を自動で補充したり、異常を検知すると警報を出したりする装置がついています。ほとんどの冷却タンクでは、底にたまった液体窒素がなくなるまで試料は低温に保たれるので、万一停電などで液体窒素を補充できなくても2週間くらいは大丈夫です。実際、2011年3月の東日本大震災でも失われた試料はなく、ほっとしました。
Q:どんな試料を保存しているのですか。
柴田:食物連鎖を通じて野生生物に蓄積した化学物質を調べる「生物モニタリング」(解説参照)に基づき、日本各地の沿岸のムラサキイガイなどの二枚貝を系統的に収集しています。生物にこだわるのは、化学物質の影響が懸念される野生生物において蓄積の様子を知ることが重要であり、環境中の化学物質が体内で濃縮されるので保存試料が少量ですむためです。
さらに、将来の科学技術の進歩によって、化学物質の濃度ばかりでなく遺伝子発現や生体分子を調べることで、その生物が受けた影響(環境ストレス)をより的確に把握し、評価できることも期待されます。
Q:二枚貝がモニタリングの指標になるのですか。
柴田:ムラサキイガイは日本やヨーロッパ、アメリカなど世界の工業国の沿岸に広く分布し、体内の化学物質の量を調べると汚染状況の相互比較ができるので、沿岸海洋汚染監視の指標生物になっています(解説参照)。なお、ムラサキイガイのいない亜熱帯、熱帯域ではカキやミドリイガイが指標生物です。
Q:二枚貝はどこでサンプリングするのですか。
柴田:東京などの人口密集地と汚染源から離れた離島などのバックグラウンド地で毎年サンプリングします。さらに、場所を移動しながら数年間で日本全体をカバーする体制をとっています(図2)。タイムカプセル事業が始まってから、現在までに日本列島を1周半回りました。それ以前にも1980年代と90年代に、日本各地の二枚貝を採取し、保存しました。
■図2 二枚貝の採取地点
環境試料タイムカプセルでは、全国の海岸に沿ってほぼ数十〜百km間隔に二枚貝の採取地点を設置して、全国の沿岸環境の状態を細かく調べていく体制を整えています。2010年度までは、人口密集地と遠隔地あわせて10地点程度を選んで毎年採取を行う定点採取地点とし、残りは地域を移動しながら数年かけて全国を一周してカバーする体制をとっていました。2011年度からは定点をやめて全国を図のように6ブロックにわけ、毎年地域をかえて調査する体制に整理する一方、震災影響研究の中で東日本太平洋側の沿岸調査を毎年行い、あわせて試料を保存しています。
手間のかかる試料の調製
Q:試料をどのように調製して保存していますか。
柴田:二枚貝の身の部分を均質化し、その一部を50mLのガラス容器に小分けして保存しています。二枚貝を採取すると、その場ですぐにむき身にして液体窒素で凍らせます。そのため、試料採取の現場まで液体窒素を持っていき、試料を凍らせたまま研究所まで運びます。さらに試料を凍結したまま粉砕して均質化し、その一部を保存します。このように面倒な作業を行うのは、採取して時間がたつと代謝や排せつで体内の汚染物質濃度が変わる恐れがあること、一度凍らせた生物試料を再び溶かすと組織が壊れて酵素が働き、生体成分が変化してしまうおそれがあるからです。将来、今測れない項目まで測定するためには、試料をできるだけ変化させずに、保存する必要があります。その手法や体制を作ること自体が研究課題となります。
Q:粉砕するのはなぜですか。
柴田:多数の試料を均質にすれば代表性を持たすことができるので一部を保存するだけで済み、限られた保存スペースを有効に活用できます。細かい粒子になればなるほど少量でも均質性が保たれるので、試料の粒径を数十μm程度に揃えます(図3)。化学物質の影響は、特定の臓器や組織に特異的に表れたり、生物の形態変化として表れたりする場合もあるので、一部は均質化せず丸ごと−60℃で保存します。
■図3 凍結粉砕試料の粒子サイズ分布(上)と粒子サイズ測定器(下)
試料はできるだけ小さい粒子に粉砕してよく混ぜ合わせ、均質にすることが大切です。粒子の一粒一粒の濃度のばらつきが結果に影響を与えるので、粒子のサイズが粗いと、それだけたくさんの量の試料を分析しなければ平均的な濃度がわからないことになります。環境試料タイムカプセルでは、保存するために凍結粉砕した試料の粒子の平均粒子サイズが100μm(0.1mm)以下になるよう、粗粉砕と微粉砕の2段階の粉砕作業を行い、微粉砕後の試料の粒子サイズの分布(粒径分布)をレーザーを使った粒度計で測定しています。さらに、小分けしたあとの試料ビンから一部の試料をとってその中の重金属濃度を測定し、ビン同士ならびに同じビン内の分析値のばらつきが数%程度に収まることを確認しています。
Q:粉砕は、どんな器具を使うのですか。
柴田:最初に液体窒素で冷やした金属チタン製の器の中で、粗く砕いたあと、遊星ボールミルという装置で細かく粉砕します。凍った生物試料は硬く、また粉砕容器も重いので、粉砕作業は重労働です。たとえ金属製でも、容器が削られて金属くずが試料に混入することは避けられません。そのため重金属の分析を妨害しない、チタン製で統一しています。また、試料が汚染するのを避けるために、クリーンルームで作業するなど細心の注意を払っています。
さらに、定期的に超純水を凍らせて、同じ粉砕作業を行い、汚染の有無を確認しています。純水氷の粉末の一部は試料と一緒に保存し、将来測定するときに粉砕過程で汚染がなかったことを確認できるようにしています。
解説 指標生物を使った生物モニタリング
一般に、環境の状態をそこに生活する野生生物に基づいて評価したり監視したりすることを生物モニタリング、そのために選ばれる野生生物を指標生物と呼びます。環境汚染のモニタリングでは、生物が食物連鎖等を通じて化学物質や重金属類を体内に蓄積する性質を利用しています。どのくらいの倍率まで濃縮して蓄積するかは生物の種類によっても異なり、汚染監視の環境モニタリングでは、監視をしたい場所に広く分布していて数が多く、採取も容易で濃縮率も高く、分析に適した種類を指標生物として選びます。
指標生物を大きく分けると、短寿命で食物連鎖の比較的低い段階に位置し濃縮率はあまり高くないものの毎年の環境変化の監視に適したグループと、寿命が長く食物連鎖の高位に位置していて環境残留性、生物蓄積性の高い物質の監視に適したグループの2つがあります。前者の例としては、岩場や岸壁などに多いムラサキイガイがあげられます。ほかにスズキやアイナメ等の魚類、陸上では木の葉やミミズ、ネズミ、タヌキなども利用されています。
一方、後者の例では、肉食性の長寿命生物として海棲哺乳類(アザラシなど)や魚食性の鳥類(カワウやウミネコ、海外ではアジサシやミヤコドリの仲間等)並びにその卵などが使われています。米国では陸に乗り上げて死んだクジラが見つかると、その皮脂などを回収・保存する事業もあります。
ちなみに、現在、日本の沿岸の多くの場所でみられるムラサキイガイは、1930年前後にヨーロッパから船に付着して渡来した外来種だといわれており、ムラサキイガイ(Mussel)を用いた沿岸海洋モニタリングMusselWatchは日本のみならず世界の沿岸域の汚染の状況を相互に比較可能な手法として多くの結果が報告されています。
