研究者に聞く!!

笠井文絵/生物・生態系環境研究センター
生物資源保存研究推進室長
国立環境研究所の藻類コレクションには現在約850種、3000株の藻類と原生動物が保存されており、日本における藻類保存の中核機関として活動しています。 このコレクションがいかにしてつくられ、どのような成果をあげてきたか、また今後の課題は何か、長年このコレクションにたずさわってこられた生物資源保存研究推進室長の笠井文絵さんにお話をうかがいました。
藻類の系統を保存する
1: 赤潮やアオコの研究から藻類の総合的なコレクションへ
Q: 藻類コレクションが始まるきっかけは何でしたか。
笠井:藻類コレクションは1983年にスタートしました (図1)。1980年代初めは赤潮やアオコが深刻な環境問題になっていて、当時の国立公害研究所(国立環境研究所の前身)では、生物と水環境という2つの面から、赤潮やアオコがどのようなメカニズムで発生するのか、あるいはどのようにしたら発生を抑えることができるのかといったことを解明するための研究が盛んに行われていました。その過程で赤潮やアオコを作る藻類がたくさん分離され、培養株が作られました。実は、大量発生する藻類を培養するのは難しい場合が多いのです。また、今でこそ様々な培養液が開発され、培養できる種類が増えましたが、当時は培養液から開発する必要があり、当時の日本のコレクションには、このような環境問題に関わる株(この当時は環境問題を引き起こす株が中心)が保存されていなかったのです。当時の研究者はとても苦労されたと思います。そして、それらの株をベースに藻類コレクション(以後NIESコレクションと呼ぶ)がスタートしました。
平成14年に完成した新棟(A)は RC3階建て延べ床面積1200m2、 隣の旧棟はRC2階建て延べ床面 積800m2です。継代培養株の保存 (B)、凍結保存室の液体窒素槽(C)。
■図1 NIESコレクションの業務が行われている環境生物保存棟
Q: その後、他の藻類もコレクションしていくことになるわけですね。
笠井:近くの筑波大学は、古くから系統分類学の歴史があり、陸上植物の起源となる藻類の研究が行われていました。その過程で、主にプラシノ藻と呼ばれるグループの様々な藻類が分離され、NIESコレクションに寄託されました。それらは、世界の他のコレクションには余り保存さていないグループであり、NIESコレクションの特徴となりました。それらの株を使ったオルガネラ* のゲノム解析が盛んに行われた時期があり、現在でもDNAデータはよく論文に引用されています。
また、2002年から文部科学省の「ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)」*が始まりました。その中核機関としての活動の過程で、東京大学、筑波大学、国立科学博物館に保存されていた微細藻類株が NIESコレクションに集約されました。東京大学からは日本の研究者が開発し、光合成研究や遺伝学のモデル生物として古くから使われていた多くの株が移管されました。筑波大学からは、進化のキーとなる「新奇」分類群が寄託され、保存株の多様度が一気に増しました(図 2)。これらは、単に「新奇」というだけでなく、生態系の中で重要な役割を果たしており、今後の生物多様性等の研究におおいに貢献する株だと思っています。 また、国立科学博物館からは多数のアオコ形成藻(主 にミクロキスティス属とアナベナ属)が寄託され、それまでの霞ヶ浦を中心とした株に、新たに日本中の富栄養湖から分離された株が加わりました。
NIESコレクションには多様な系統が保存されています。アオコ形成藻ミクロキスティス(A)、好塩性のスピルリナ(B)、赤潮形成藻シャットネラ(C)とヘテロシグマ(D)、好熱性のシアニディオシゾン(E)、真核ピコプランクトンのミクロモナス(F)、バイオアッセイに使われるプシュードキルヒネリエラ(G)、有性生殖のモデル生物クラミドモナス(H)、光合成のモデル生物クロレラ(I)、陸上植物の起源となるメソスティグマ(J)、スケールバー=10μm。
■図2 NIESコレクションに保存されている藻類のグループ別構成(上)と
代表種(下)
Q: 藻類のコレクションを実施していく上で苦労された点は?
笠井:私は藻類コレクションのスタートとともに採用されましたが、その当時は、保存株数も少なく、今と違ってまだ多くのことが紙で管理されていた時代です。しかし、当時の室長から、保存株に関するデータは最初から電子化しておくようにといわれました。そこで、保存株を管理するためのプログラムを作ることから始めたのですが、すぐにギブアップしてしまい、結局、教えてもらった人に作ってもらいました。保存株の多くは定期的に植えかえる必要があります。しかも、株によって植えかえの周期がまちまちです。保存株数が少ないとはいえ、それでも植えかえを忘れてしまう株があり、一度も姿を見ないうちになくしてしまった株がありました。それを教訓に、植えかえのスケジュールをパソコンで管理するシステムを作ってもらいました。それは株数が増えた現在、とても威力を発揮しています。
