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研究者に聞く!!

Interview

横内陽子の写真
横内陽子/化学環境研究領域 動態化学研究室 室長

 大気中の揮発性有機化合物(VOC)は光化学オキシダント生成、成層圏オゾン破壊、地球温暖化など様々な環境問題に関わっています。国立環境研究所の横内さんは、観測をベースに、発生源・変質過程を明らかにするという地球化学的手法によりVOCの研究を進めてきました。今回は人為起源VOCより大量に放出されているという植物起源VOCの環境における役割解明と代替フロンの観測に基づく排出分布の推定についてお話しを伺いました。

自然界由来のVOCの実態を次々に明らかに

1: 植物起源VOCによる森林エアロゾル生成を実証

  • Q: VOCとは何か説明してください。
    横内: “VOC”(Volatile Organic Compounds)は、室温レベルで容易に揮発するメタン以外の有機化合物を指します。炭化水素、エステル、アルコール、ハロカーボンなど、多くの種類の化合物が含まれています。VOC類の発生源は私たちの周りに非常にありふれていて、自動車の走行、ペンキ塗り、溶剤やスプレーの使用、調理など様々です。人間活動だけでなく、森林、海、土壌などからも発生しています。
  • Q: VOCは環境問題とどう関わっているのですか?
    横内: 都市の場合、自動車や工場から排出されるVOCが窒素酸化物との光化学反応によって、オキシダントやスモッグの原因になっています。また、ベンゼンのように人体への直接的な有害性が問題になるものもあります。都市のVOCについては、環境儀No.5「VOC揮発性有機化合物による都市大気汚染」でわかりやすく紹介されています。また、成層圏オゾン破壊や地球温暖化などの地球環境問題にも、人類が作り出したフロンやハロンなどのVOCが関わっています。自然界から放出されるVOCについては、地球環境問題がクローズアップされるようになるまで余り注目されていなかったのですが、実は気候を左右するエアロゾルの原因物質としてとても重要な役割を担っています。
  • Q: 横内さんは1980年頃から自然起源VOCを研究していますが、どういう経緯で取り組み始めたのですか?
    横内: 直接のきっかけは、米国のF.W.Went博士が書いた「Blue hazes in the atmosphere」(1960)という論文です。ここには、夏の日の田園地帯で見られるブルーヘイズ(青い靄)が植物の葉から放出されるVOC(主にテルペン類*)の反応によってできる微小粒子ではないか、さらに、植物起源VOCの年間放出量は地球全体では数億トンに及ぶだろうと書かれていました。ただ、その論文が出てから20年近く経っていたにも関わらず、大気中の植物起源VOCの動態やその反応生成物について研究はあまり進んでいないようでした。当時は国立公害研究所であり、「公害」研究が主要な業務でしたが、年間約1億トンという人為起源VOCよりも大量に放出されている自然起源VOCの実態を知りたく、また本当にブルーヘイズの原因になっているだろうかと興味を持ちました。幸い上司の理解も得られましたので、まず大気中のモノテルペンの測定法を開発しました。

    *テルペン類
    イソプレン(C5H8)の整数倍の分子式持つ炭化水素の総称で、生体物質です。倍数が2以上のテルペン類は、モノテルペン(C10)、セスキテルペン(C15)、ジテルペン(C20)、セスタテルペン(C25)、トリテルペン(C30)、テトラテルペン(C40)等と呼ばれています。天然ゴムはイソプレンのポリマーです。大気中で検出されているテルペンはイソプレン、モノテルペンとセスキテルペンです。
  • Q:どのような観測を行って、何がわかりましたか?
    横内: 研究所の敷地内に松林がありますので、そこでモノテルペン類の測定を毎日1回行うことにして、1年間継続しました。その頃は松林は今よりも鬱蒼としていました。モノテルペン濃度は季節的には夏~秋に高濃度となり、日毎にとても大きな変動を示しました。大気中のオゾン濃度と比較することにより、オゾンが多い場合、モノテルペン濃度が低くなるということがわかりました。このことは、松の葉から放出されたモノテルペンが大気中で短時間のうちにオゾンと反応してしまうことを示していました。それでは、この反応によって何ができるかということで、3種類のモノテルペンをそれぞれオゾンと反応させる室内実験をしました。この反応実験で生成したものを集めて、構造解析を行い、主な生成物を同定しました。これらを森林のエアロゾル中に見つけることができれば、ブルーヘイズの正体に近づくわけです。そこで、もっと規模の大きい千葉県清澄の東京大学演習林へ行き、ハイボリュームサンプラーという装置を使って、エアロゾルをろ紙の上に捕集しました。このろ紙から溶媒抽出した成分を分析した結果、α-ピネンの主要な反応生成物であるピノンアルデヒドが大量に存在することが見つかりました。これによって、植物起源VOCがブルーヘイズ、少なくとも森林エアロゾル中に存在し、ブルーヘイズの原因になることを支持する証拠を得たわけです。この研究で、2000年にHaagen-Smidt賞をいただきました。現在ではテルペン類の様々な反応生成物が森林地帯で見つかっています。
  • Q:ブルーヘイズは最近見られない気がしますが。
    横内: 確かに遠くの山は青く見えることが多いですが、「青い靄」を実感することは少ないですね。昔の本、たとえば、赤毛のアンの小説には「夏の昼下がりに青いもやが畑の斜面を覆っていた」とありますし、日本でも、昭和の初めの俳句に「分け入つても分け入つても青い山」(種田山頭火)というのがあります。おそらく、今の日本では人間活動による粒子が多く存在するため、植物起源VOCの反応生成物が、新粒子(二次エアロゾル)を生成する前に既存の大粒子にくっついてしまい、青色を反射する微小な新粒子ができにくいのではないかと考えています。数年前の4月下旬に、真っ青な筑波山を見ました。朝方に強い雨が降り、その後急に日が射してきた時でしたので、今のような感想を強く持ちました。最近は、ディーゼル車排ガス規制などによってエアロゾルが減る傾向にありますので、将来、郊外でブルーヘイズに遭遇したり、もっと青い山を見ることができるかもしれませんね。
  • Q:モノテルペン以外にどんなVOCが出ていますか?
    横内: 植物から放出されるVOCは大きく3つに分けられます。今お話した「モノテルペン」と「イソプレン」および「その他」です。「その他」には、いろいろな化合物が含まれますが、草の匂い成分として知られる青葉アルコールやセスキテルペン、メタノール等もこのカテゴリーに入ります。現在これらの地球全体での年間放出量の見積もりは、モノテルペンが約1.5億トン、イソプレンが約5億トン、その他が約5億トンですから、全体では全植物による純一次生産量(光合成による炭素吸収量から呼吸による炭素放出量を引いたもの)約600億トン(炭素換算)のおよそ2%に匹敵するものすごい量です。多くの植物がイソプレンとモノテルペンを放出しますが、特に熱帯林はイソプレンを多く放出しています。イソプレンとモノテルペンの大きな違いは、イソプレンが日中にしか放出されないのに対して、モノテルペンは1日中放出されていることです。また、モノテルペンより分子量の小さいイソプレンの反応生成物はエアロゾルにならないと思われていましたが、最近では極性が高い化合物が生成されており、粒子化するという報告がいくつかあります。植物起源VOCによって作られるエアロゾルの量がどのくらいかというと、非常に幅のある数字ですが、1000~5000万トンの範囲だろうという報告が多く、人為起源VOCから生成する二次エアロゾルの見積もりを一桁上回っています。
  • Q:植物起源VOCが気候と関係しているというお話でしたが?
    横内: 実はこのエアロゾルが気候にとって重要な意味を持っています。VOC等の反応によって作られる微小な二次エアロゾルは太陽光を反射するので、地球を冷却化する方向に働きます。さらに一部は雲を生成するので、降水量やその分布も左右することになります。また、イソプレンの光化学反応ではオゾンが生成することが多く、同時にメタンの反応相手であるOHラジカルが消費されるので、メタンの増加につながります。オゾンもメタンも温室効果気体ですので今後の気候温暖化によって植物起源VOCが増えるか減るかは気候に重大な影響を及ぼし得るのです。
  • Q:そもそも植物は何のためにVOCを放出しているのですか?
    横内: 植物がせっかく光合成によって蓄えた炭素からわざわざ有機物を作ってなぜ大気中に放出するかは本当に不思議です。これまでに、イソプレンを放出することによって耐熱性を増す、虫よけや植物同士のコミュニケーションに役立つ、エネルギーと物質の排出手段であるなどの説が報告されています。大気に放出された後の変質まで考えれば、エアロゾルを作ることが、植物の日よけになっているかも知れないと思っています。アマゾンの熱帯林の写真ではよく樹冠上に靄が広がっているでしょう。もちろん水蒸気も必要ですが、靄(エアロゾル)になるためには、凝結核が必要であり、テルペン類の反応がそれを供給しているとも考えられます。この点、日中にしか放出されないイソプレンは、日中の日傘だけを供給するので、合理的かもしれません。

2: 熱帯林による塩化メチルの大量発生を発見

ブルーヘイズに包まれた筑波山の写真
  • Q:塩化メチルについても報告されていますね。
    横内: 塩化メチルは大気中の平均濃度が550pptくらいあり、VOCの中では濃度が高いものです。9割くらいが自然起源ですが、寿命が長いため、成層圏まで到達して塩素原子を放出し、フロンなどと同じようにオゾン層を破壊します。長い間、海が最大の発生源と思われていましたが、私たちの研究によって熱帯植物が重要な発生源だとわかりました。
  • Q:どうしてわかったのですか?
    横内: 私たちは世界のいろいろな地域・海域で大気を集めてもらい、VOCの測定を行っています。塩化メチルの濃度を緯度別に調べると、赤道付近で最も高く、南北両半球共に、高緯度に行くにつれてほぼ対称に濃度が下がることがわかりました。もし、海が主要な発生源であれば、南半球の方が高濃度になるはずですね。また、熱帯の島に近づくと塩化メチル濃度が高くなるし、島で測ると、風が島の中から吹いた時の方が濃度が高い。それで、ひょっとすると今まで海といっていたが、陸なんじゃないかというふうに考えました。熱帯植物があやしいと思いましたが、これをどうやって調べていくか。ただいきなり熱帯、亜熱帯に行って、いろんな植物の放出量を測るというわけにもいかない。幸い、国立博物館の筑波実験植物園に熱帯植物温室があり、ここで実験させてもらうことにしました。熱帯植物から発生していれば、温室内の塩化メチル濃度は外よりも高いはずですね。確かに窓を閉めると、塩化メチル濃度は上がり、窓を開けると下がる。つまり熱帯植物は塩化メチルを放出していることをほぼ証明できたわけです。そして、犯人(?)はこの200種類以上の植物の中に必ずいるはずでした。そこで、枝に袋をかぶせて、一定時間たってから袋の中の空気を集めて研究所に持ち帰り、分析するという作業を行いましたが、1日に10種調べるのがせいぜいでした。ところが何日か調べても塩化メチルを放出する植物に行き当たらず、空振りが続きました。そうすると、塩化メチルは出たり出なかったりしていて全部調べても駄目なんじゃないかなと、だんだんそんな気持ちになってきたのと、他の仕事も忙しいので、いったん中止してしまいました。その頃、沖縄に別の調査に行く機会があり、本当にたまたま大きなシダの放出ガスを集めて帰りました。そうしたら、大量の塩化メチルが出ていることがわかりました。植物の名前がわからなかったので、生物が専門の方に写真を持って行って聞くと、「ヒカゲヘゴ」という古代から存在する木性シダの一種でした。よく恐竜時代の絵に出てくるような大型のシダです。どうやら温室では、袋をかぶせにくいシダを無意識のうちに後回しにしてしまっていたようです。さらに、この温室内で、「フタバガキ」という東南アジアの熱帯雨林の代表的な樹種も、塩化メチルを大量に出していることがわかりました。その後、実際の熱帯・亜熱帯林でこれらの大量放出を確認しました。
  • Q:熱帯林がオゾン破壊物質である塩化メチルを出しているとなると、伐採した方がよいなどという過激な意見が出ませんか?
    横内: 自然界から放出されている塩化メチルが壊すオゾンはそれでバランスが取れていたわけで、現存の生態系にはちょうどよいのだと思います。人間活動によって塩化メチルの何倍もの塩素化合物を成層圏に送り込んで、オゾン層のバランスを崩したことが問題です。ただし、今後の自然生態系の変動が塩化メチルの放出量をどのように変化させるかには気をつけて見ていく必要があります。
  • Q:シダとフタバガキ以外の植物は塩化メチルを放出しないのですか?
    横内: たくさんの植物について調べるためには簡易な方法が必要でした。そこで、切り取ってガラス瓶の中に入れた葉も、短時間なら自然の状態とそれほど変わらずに塩化メチルを放出することを確かめて、そのサンプリング方法を使って西表島とマレーシアで数十種類の塩化メチル放出植物を見つけました。特に放出量が多いものは、シマシラキというマングローブの一種やハマゴウ、クロヘゴやコシダなどのシダです。オヒルギ、メヒルギといった沖縄に一般的なマングローブは出していないのに、なぜシマシラキは塩化メチルを出すのか?ワラビなど温帯のシダは出さなくて、熱帯・亜熱帯のシダだけが塩化メチルをだすのか?謎です。また、温暖な石炭紀にはヒカゲヘゴと似た木性シダが繁茂していたらしいので、古代の大気中にはもっと塩化メチルが存在していたと想像されます。
  • Q:海洋起源のVOCはどうですか?
    横内: 自然のVOC発生源としては、広大な面積を持つ海洋も重要です。これに取り組むようになったきっかけは、1992年に北極のポーラーサンライズエクスペリメントという国際プロジェクトに参加したことです。このプロジェクトの目的は、北極の地表オゾンが春にほとんどゼロになる現象を解明することで、私は大気中VOCの測定を担当しました。カナダ・エレスメア島の北端にあるアラートで観測していましたが、オゾンが減少する時には、風が北極海の方から吹いていました。その時、多くのVOCも減少したのですが、ブロモホルムは逆に増加しました。ブロモホルムは海藻によって作られる臭素化合物で、これが北極海の海氷の割れ目から放出されていたものと思われます。臭素やヨウ素を含む化合物は成層圏だけでなく、対流圏のオゾンも破壊しますので、海洋の大気化学を考える上で重要な成分だと認識しました。この他に、海から放出されるジメチルスルフィドという硫黄化合物は大気中で硫酸に変わり、雲凝結核を作りますので、気候に関わっています。これらの海洋起源VOCの動態を調べるために、国内外の多くの研究者の協力をいただいて、熱帯~極域の広域で大気のサンプルを定期的に集め、海洋起源VOCの緯度分布、季節変化の測定を続けています。(成果の一部はSummary参照)
図3 大気中イソプレン放出濃度の日変化(長崎県・福江島、2009年7月) 植物からのイソプレン放出は日射量に強く左右されるため、その大気中濃度は日中に最大となります。

図4 イソプレンの温暖化に対する正のフィードバック 気温上昇により短期的にはイソプレン放出量は増えます。イソプレンの光化学反応によってオゾンが生成し、メタンの反応相手であるOHラジカルが減少します。その結果、温室効果気体であるメタンとオゾンが増え、温暖化を加速する可能性があります。

3: 東アジアにおけるハロカーボン排出状況を把握するための高頻度多成分VOCモニタリングを立ち上げ(2004年~)

塩化メチルを放出する(亜)熱帯植物の例の写真
  • Q:人為起源VOCとしてハロカーボン類を測られていますが、ここでは何が問題ですか?
    横内: ハロカーボンはハロゲン(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)を含むVOCの総称ですが、地球温暖化問題で登場する時にはフッ素化合物を指しています。フッ素化合物のうちCFC(クロロフルオロカーボン)が成層圏オゾン破壊物質として生産・使用が禁止されたため、代わって使われるようになったHCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)、HFC(ハイドロフルオロカーボン)等を代替フロンと呼んでいます。これらの代替フロンはCFCと同様に強力な温室気体であり、例えば、六フッ化硫黄(SF6)は単位重量当たりで比べると、二酸化炭素の2万3900倍もの温暖化効果を持っています。私たちはこれら代替フロン類の排出実態、特に経済発展の著しい東アジアの影響を調べることを主目的として、国環研の地上ステーション(無人)がある波照間島と落石岬で観測を進めています。
  • Q:観測結果を紹介してください。
    横内: 多くの代替フロン類が大気中で蓄積されつつあることがわかりました。カーエアコンに使われるHFC-134a等は毎年10%の増加を続けています。また、波照間島では冬から春にかけてアジア大陸から気団が流入しますが、その時にはハロカーボンも高濃度になります。このような汚染ピークの成分比を調べることによって、排出国からのハロカーボンの排出量をある程度推定することができました。最近では、大気輸送モデルを使って大気中濃度の詳細な変動を基に排出分布を求める解析手法が進んできました。2009年には、波照間、落石に続いて観測が開始された韓国のGosan、中国のShangdianziの高頻度観測値と合わせて、ノルウエーのStohl博士がモデル計算を担当して、東アジアにおけるHCFC類とHFC類の詳細な排出マップを得ました。このような大気観測に基づくトップダウンの排出量推定は、排出源調査の積み上げによるボトムアップの推計値を検証する上で、また、何らかの事情で排出データの得られない物質や地域に対しても排出量の推定を可能にするという点で、今後もますます重要になると思います。
  • Q:これまでの研究で一番苦労された点は何ですか?
    横内: 高精度の測定を目指す研究に共通の問題ですが、やはり定量の基準となる標準の管理が大変です。大気の場合は、標準ガスになりますが、すべての成分について容器内でどの程度安定であるのか、時間と共に減る成分については、その標準ガスそのもののチェックをしなくてはなりません。また、データのグローバル利用を考えると、他機関との相互比較が必要で、神経をすり減らします。しかし、この点の力を抜くと、せっかくの測定を活用できないことになってしまいます。

     最後に、今日お話ししましたVOC研究では、国立環境研究所の上司、先輩、同僚、後輩の皆さま、内外の大変多くの共同研究者、支援部門の方々、学生さんに支えられたものです。装置開発や標準ガス製作に当たっては企業の方々にもお世話になっています。
  • Q:ありがとうございました。

コラム

  • 気象・気候変動に影響する植物起源のVOC
    植物から放出されるVOC類は大気中の反応によって、不揮発性の酸化生成物に変わります。その一部は微小な二次エアロゾルとなって太陽放射を反射し、地球大気を冷却します。さらに、雲凝結核として働けば、雲量の増加などの間接効果によって気象・気候に影響を与えます。また、イソプレンは大気中の窒素酸化物濃度が高い場合、光化学反応によって温室効果気体であるオゾンを生成します。従って、気候の変動や森林伐採による植物起源VOC発生量の変動は環境に対して大きなフィードバックをもたらすことが懸念されています。また、植物起源VOCの量的・質的な変化は植物と虫あるいは植物間の相互作用に影響を及ぼして森林生態系を撹乱する可能性もあります。
図1 大気中植物起源VOCの環境との相互作用
  • 大気観測による塩化メチル発生源の推定
    北極(アラート)、北西太平洋、波照間島におけるモニタリング(灰色バー)、南極観測「しらせ」航海(北緯31度~南緯69度)(赤丸)、白鳳丸航海(青丸)のデータとMooreら(1996)による低中緯度の外洋上大気観測値から推定されたベースライン濃度の緯度分布(黄色線)、およびジャワ島(桃色丸)と沖縄本島(灰色バー)におけるスポット観測の結果。○で囲んだデータはジャワ島と航海中に島の付近で観測されたもの。この図から大量の塩化メチルが熱帯域の島から放出されている可能性が示唆されました。
図5 大気中塩化メチル濃度の緯度分布(1996-1998)
  • 大気中モノテルペン濃度の通年変化
    松林内の大気観測によって、α-ピネンに代表されるモノテルペンの日中の大気濃度は夏~秋に高く、冬に低いこと、日々間の変動が大きいこと等がわかりました。この変化は、モノテルペン放出量と気温の間に正の相関があり、また、大気中に放出されたモノテルペンがオゾンとの反応によって失われていることによって説明されました。林内でのモノテルペンの消失がすべて反応によると仮定して、松林からのモノテルペン放出量は1時間、1m2当たりおよそ1900μgと推定されました。また、夜間にはオゾン濃度がしばしばゼロ近くなり、数ppbを上回るα-ピネン濃度が観測されました。
図2  松林で観測された大気中α-ピネン濃度の季節変化(国立環境研究所敷地内、午前11時、1980年5月~1981年5月)
  • 大気環境に大きな影響を与える海洋起源VOC
    海洋には植物プランクトン、大型藻類、バクテリアのような生物や溶存有機物の光化学反応によって作られた様々なVOC類が存在しています。磯の香りとして知られるジメチルスルフィドは大気中の反応によって硫酸に変わり、二次エアロゾルを生成します。ジヨードメタン等のヨウ素化合物は大気中に放出されると容易に光分解して、ヨウ素ラジカルを作ります。このヨウ素ラジカルは対流圏オゾンを触媒的に壊し、また、反応によってエアロゾルを作りやすいことが知られています。ヨウ素化合物に比べて寿命の長いブロモホルムやジブロモメタン等は一部が成層圏まで運ばれて、オゾン層破壊に寄与すると考えられています。海洋からはイソプレンも放出されていますが、陸上植物起源のものに比べるとずっと少ない量です。
図6 海洋から大気中に放出される主なVOCとそれらの大気中における反応
  • 高頻度観測が可能にした詳細な代替フロン排出分布の推定
    波照間島、落石岬に続いて、韓国・Gosanでソウル大学が、中国・Shangdianziで中国気象局がハロカーボンの高頻度観測を開始しました。これらの観測データと大気輸送モデルを用いて東アジアにおけるハロカーボンの排出分布マップを得ることが可能になりました。上図はHCFC-22、下図はHFC-23の排出量分布(2008年)の推計結果です。HCFC-22は冷媒として広く使われている代替フロンであり、HFC-23の大半はこのHCFC-22生産の副産物として非意図的に放出されています。HFC-23は大気寿命が長く(246年)、単位重量当たりで二酸化炭素の14800倍という非常に強い温室効果を持っています。この化合物は、先進国では排ガスの加熱処理やプロセスの最適化などによって排出はかなり低く抑えられていますが、発展途上国ではまだ十分な対応ができていない所があります。HFC-23の排出量が特に多い地域は、HCFC-22生産工場(米印)と一致していることが分かります。このことは、本研究に用いられた観測データとモデル解析が非常に精度の高い排出源マップを与えていることを示しています。
図7 大気観測データの逆解法により得られた東アジアにおけるHCFC-22とHFC-23の排出分布[Stohl et al., 2010]