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写真:フェリー
シリカ欠損の研究とフェリー観測 〈世界と日本の取り組み〉

研究をめぐって

 環境儀No.39の内容は、「シリカ欠損仮説」という環境問題上の話題と、「フェリーの利用による海洋生物・化学量計測」という技術上の話題にまたがっています。前者については、1997年のネイチャー誌でスウェーデンの研究者が、ドナウ川−黒海水系の環境変質の関連を発表して以来、世界で研究が進んでいます。後者については、1991年より国立環境研究所がさきがけとなって、時系列計測を継続させるとともに技術的な発展をはかってきました。その後、EU各国などでも同様なフェリー観測計画が進展しつつあります。

世界では

 海域環境におけるケイ素の重要性については、1980年にアメリカのオフィサー博士らが指摘したのが萌芽といえます。その後ドイツのラダック博士らは1990年の論文で、エルベ河口沖のヘルゴラント島付近で行われたモニタリング結果から、1960年代から1980年代にかけて、毎年春のケイ藻の大増殖の後に、ケイ素が枯渇して窒素が残留するようになり、これと符合するように渦鞭毛藻の増殖が顕著になったと述べました。

 1997年には、スウェーデンのフンボルグ博士らが、黒海で非ケイ藻類による有害赤潮が増えたのは、ドナウ川にアイアンゲートダムが建設されてケイ酸の流下が減ったことが原因ではないかとする論文をネイチャー誌に発表し、世界にインパクトを与えました。

 このような経緯から、ICSU-SCOPE(国際科学会議-環境問題科学委員会)により、国際シリカシンポジウムがスウェーデン(1998年)とベトナム(2002年)で開催されました。オーガナイザーの一人であるイテコット博士らは、Silicon Cycle(ケイ素の循環)」という本をとりまとめました。この中の6章「長江(揚子江)と東シナ海沿岸域の溶存ケイ酸」で、中国華東師範大学の張経教授が三峡ダムの影響についてとりあげています。

 フェリー利用研究については、以上の研究とは別の海洋生物地球化学過程の観測技術という観点で発展してきたのですが、国立環境研究所はフィンランド海洋研究所ともに1997年、独シュプリンガー社刊の「藻類大増殖のモニタリング‐広域環境変動を検知する新技術」に寄稿するなど、初期の技術的発展に貢献しています。

 その後2000年から、EU各国の協力により「欧州フェリーボックス計画」がスタートしました(図9)。2008年12月12日付けのサイエンス誌では、EUの計画のほか、国立環境研究所の仕事も「フェリー観測が日本-韓国付近の海域でも実行されている」という形で紹介されています。

 さらに、2007年にSCOPEは、「閉鎖性海域への栄養塩・堆積物の流入」という国際シンポジウムを主催しました。この会合は環境問題に関する科学と政策決定の統合を念頭におき、発表よりもグループ討論、報告書とりまとめを中心に運営されました。その結果は「流域および閉鎖性海域システムの科学と管理」という書籍にまとめられました。その中では、様々な海洋生態系の脆弱性の問題のほか、環境変質と回復に関する履歴性の問題が強調されました。すなわち、汚染流入が増大してもはじめは目立たず、それがある閾値を越えた時点で急に劣化が顕在化することと、いったんこの閾値を越えてしまうと、はるかにきびしく負荷を削減しないと回復しないという問題です。さらに、Si/N比の低下やフェリーによるモニタリングの有効性も記載され、ここでシリカ欠損という研究目的とフェリー観測という技術的ブレークスルーが一緒になったといえるでしょう。

図9 EUフェリーボックス計画で利用されている定期航路の図(ドイツGKSSのW.ペーターゼン博士提供)

日本では

 河川については、小林純博士のグループが、1950年代と1970年代に、全国の河川水質を組織的に調査し、その結果を1972年刊の岩波新書「水の健康診断」にまとめました。その中で、琵琶湖でシリカ濃度が格段に低下することがすでに紹介されています。また、北海道大学の角皆静男名誉教授がケイ素の重要性を述べてこられました。

 行政面では、例えば国土交通省刊行の「河川水質年表」では、一部地域以外ではケイ酸がモニタリング項目に含まれていなかったのですが、近年、シリカを含む無機栄養塩濃度を含めようという動きがあります。河川環境管理財団(研究グループ座長:古米弘明東京大学教授)が2007年にまとめた「河川におけるケイ酸など無機溶存物質の流出機構に関する研究」は、これに関連した包括的な解説書となっています。

 海域では、NIESのフェリー観測のほかには時系列的なシリカのモニタリング例は少ないのですが、水産庁による「浅海定線調査」の播磨灘部分にはシリカの長期時系列データが含まれています。またシリカ欠損仮説の検証における核心部分「ケイ藻と非ケイ藻類のどちらが卓越しているか」には、水産庁の「瀬戸内海の赤潮」の記録が代替データとして貴重な存在となっています。

国立環境研究所では

 1980年代に特別研究プロジェクトとして、「海域における富栄養化と赤潮に関する基礎研究」が行われ、主に有害な渦鞭毛藻赤潮の動態に焦点があてられました。

 1990年には、環境庁に地球環境研究総合推進費、国立環境研究所地球環境研究センターに地球環境モニタリング経費が設けられました。海洋研究チーム(当時)は、両予算により、1991年にまず釜山(韓国)−神戸航路を定期航行する「フェリー檀皇」の連続取水系で海洋環境モニタリングを開始しました(図10)。観測当時は、シリカ欠損の研究に限定せず、定期航路利用によって時系列観測が可能となる栄養塩、プランクトン属性、海水溶存CO2、微量有害化学物質の計測技術の発展や、人工衛星データとフェリーデータの相互比較検証など様々な項目の研究を複数機関で分担していました。

 1993年に釜山航路が廃止になったため、「フェリーさんふらわあ」、「同くろしお」の航路利用に移行したほか、図10(d)のようなアジア縁辺海域の定期コンテナ船航路にも協力を依頼しました。また、日韓環境保護協定により、韓国海洋研究所(KORDI)との研究協力を行いました。1998年からはKORDIが独自に仁川-済州航路のフェリーで観測を始めました。

 1996年からは、シリカ欠損問題を主目的とした研究プロジェクトを4期遂行しました(「研究のあゆみ」参照)。

図10 国立環境研究所に協力していただいた定期航路船舶の航路図と調査期間
 ページ上部の写真は、左から、航路(a)フェリー檀皇(大阪国際フェリー)、航路(b)さんふらわあ2およびさんふらわああいぼり(関西汽船)、航路(c)フェリーくろしお(関西汽船)、航路(d)コンテナ船アリゲーターホープ(大阪商船三井)およびACX-LILY(東京船舶)