研究者に聞く!!

珠坪一晃/水土壌圏環境研究領域 水環境質研究室 主任研究員
地域環境の保全に密接に結びつく有機性排水の処理は、私どもにとって最も身近な問題のひとつです。排水処理に利用される微生物の可能性に興味を引かれて研究を始めた水環境質研究室の珠坪一晃(しゅつぼ・かずあき)さんは、新たな発想で、低濃度/低・常温の有機性排水に対する画期的処理法を確立しており、今回はその成果をお聞きしました。
「省」エネ+「創」エネで排水処理技術の新たな道を拓く
活性汚泥法や
嫌気性排水処理法の欠点を補う
新しい有機性排水処理技術の確立
Q: 珠坪さんが開発した有機性排水の処理技術は現在、各方面から高い評価を得ています。その内容を説明していただく前にまず、排水処理技術の現状と研究に着手された着眼点からお話しください。
珠坪: 生活排水や産業排水として排出される有機性排水の処理は、私どもの生活環境に直接影響するだけに非常に重要です。法規制の強化等により排水処理のインフラ整備と技術革新は大きく進展してきましたが、そのポイントは処理水質の確保と再生水・汚泥の再資源化などにあります。自治体の下水処理センターや事業所単位の処理施設も整備され、排水処理能力は大きく向上しています。そのなかで現在は活性汚泥法と呼ばれる好気性の微生物を利用して有機物を分解させる生物処理法が有機性排水処理の主流となっているのです。
Q: 有機物の分解促進に曝気処理を行う方法ですね。
珠坪: 活性汚泥法は1912年ころにイギリス等で実用化され、処理水質や安定性に優れるため我が国の水環境保全にも大きく寄与してきました。近年では余剰汚泥を利用して、メタン発酵による消化ガスの回収、汚泥の溶融・結晶化による建設資材(スラグ)の製造など、廃棄物を有効利用しようという気運が高まっています。
しかしこの方法は好気性の微生物をつかうため、排水に空気(酸素)を溶かし込むための曝気処理が必要であり、また水処理の過程で余剰汚泥が大量に発生するなどの問題点が以前から指摘されてきました。いいかえれば曝気処理の動力や、余剰汚泥の処分に多くのエネルギーを消費することが解決すべき課題となっています。
Q: それでは化石燃料の使用に伴うCO2の発生量も多く、低炭素社会の流れに沿うことができません。
珠坪: 国内では現在、産業排水が年間120億トン、生活排水(都市排水)が同じく160億トンにものぼり、その量は琵琶湖の貯水量にほぼ匹敵します。これらの有機性排水処理の曝気動力等につかわれる電力は国内総電力消費量の約1.5%程度になっており、発生する余剰汚泥は有機系産業廃棄物の40%と膨大なものです。活性汚泥法のネックのひとつは余剰汚泥を大量に発生することであり、汚泥を再処理するためのエネルギー投下とコストも無視できません。結果、CO2発生量も産業排水、生活排水合わせて年間800〜1500万トンになり、その削減が急務です。
Q: 大きなエネルギー負担ですね。
珠坪: その通りです。そこで私どもは活性汚泥法の代替技術は何かと考えたときに、消費エネルギーや余剰汚泥の発生量が削減でき、メタンガス等のエネルギー回収が可能な嫌気性微生物利用の処理システムに着目したのです。
Q: 嫌気性ということは、曝気処理も不要になります。
珠坪: 嫌気性排水処理はメタン発酵法ともいわれ、最終生成物として回収したメタンは、天然ガスの主成分であるので燃料としても利用することができます。おっしゃる通り曝気動力も不要で、汚泥の発生も少ないのが特長です。すでに生ごみ等の有機性廃棄物や高濃度の産業排水の処理には、嫌気性処理技術(35〜55℃で処理)が適用され、資源循環処理が実現されつつあります。
ところが問題なのは、処理対象の有機性排水の有機物濃度の指標であるCODが“2〜10 g/L”と高濃度でなければならず、有機物の分解を担うメタン生成細菌の活性を維持するために30〜35℃に加熱して処理する必要があることなのです。CODが“0.3〜1.0 g/L”と低く、常温(10〜25℃)で排出される生活排水などには適用が困難でした。低濃度・低温では嫌気性微生物が不活性化する、というのが大きな要因だったのです。
Q: 曝気動力が不要」「余剰汚泥の発生量が少ない」「メタン(エネルギー)回収が効率よく行える」などの多くの利点を持つ嫌気性排水処理ですが、適用範囲が限定されていた---。
珠坪: このことが研究開発のポイントを定めるきっかけとなり、出発点になりました。それならば嫌気性排水処理(メタン発酵)の適用範囲、すなわち水温の下限と有機濃度の下限を大幅に拡大すればいいのではないか、と。低温または常温の低濃度有機性排水を加温せずに処理できるメタン発酵処理技術の開発を目指したのです。従来の活性汚泥法や嫌気性排水処理法の欠点を補う新しい有機性排水処理技術の確立です。
①好気性排水処理(活性汚泥法/曝気処理)
酸素を利用して生育する微生物を利用して、水中の有機物を分解し、排水を浄化処理する技術の総称です。処理水質に優れていることから、活性汚泥法として多くの排水処理施設で利用されています。しかし、微生物の生育のために水中に酸素を送り込む曝気が必要なことから電力消費量が多いという欠点があり、好気性微生物は分解した有機物の40〜50%を菌体合成に使うため余剰汚泥(余剰菌体)の発生量が多く、その処理・処分(焼却・埋立)に多大なエネルギー(費用)を要することが問題点としてあげられています。
②嫌気性排水処理
酸素の存在しない環境で生育する嫌気性微生物を利用して排水の浄化を図る技術の総称です。水中への酸素導入のためのエネルギーが不要で、余剰汚泥の発生量が少ない(好気性微生物の1/5〜1/10程度)等の特長を有するため、省エネ型の排水処理法として期待されています。
③有機物濃度COD
CODはChemical Oxygen Demand(化学的酸素要求量)の略。排水や水環境(河川、湖沼など)の有機物等による汚れの度合いを示す指標。水質汚濁防止法に基づいて排水の下水放流が可能なCOD濃度についても基準が定められており、その値はおよそ0.6〜0.8 gCOD/L程度です。

