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3次元化学モデルを使ったオゾン層破壊の再現と将来

Summary

 3次元化学モデルは、大気中に存在する化学物質の分布やその変動を捉える数値モデルで、化学輸送モデルと化学気候モデルに大別されます。このうち「成層圏化学気候モデルによるオゾンホールの回復予測」研究の成果は、WMOの「オゾン層破壊の科学アセスメント2006」でも紹介されています。なお、これらの3次元化学モデルは東京大学気候システム研究センターと共同で開発されました。

観測データによる化学モデルの検証

 まず、化学輸送モデルの計算結果を観測データと比較し、再現性の検証を行いました。1990年代後半の気象場と地表付近でのフロンガス濃度などを入力データとしてモデルに与え、計算されたオゾンの分布や時間変動の様子を、同時期に人工衛星や地上観測で測定されたデータと比較しました。その結果、オゾンの濃度、時間変動は観測データをよく再現していることが確認されました。図5は、1999年6月~12月の南極昭和基地におけるオゾン全量(地上から大気頂上までのオゾン濃度の積算値)に関して、人工衛星および地上観測による観測値と化学輸送モデルの計算値を比較したものです。8月下旬から9月にかけてのオゾン減少(オゾンホールの発達)、10月のオゾンの極小、11月から12月にかけてのオゾン量の回復の様子をモデルはよく再現しています。

図5 南極昭和基地におけるオゾン全量
(モデル計算)と衛星観測、実測データの比較
 化学輸送モデルで計算された1999年の6月~12月のオゾン全量と人工衛星(TOMS:オゾン全量分光計)および地上観測データとの比較。太陽光が到達しない時期(極夜:6、7月)の観測データは存在しないことに注意

 このような極域のオゾン量の変動は、化学反応の影響に加えて他の場所からの輸送の影響を強く受けますので、極渦付近での物質の輸送過程を検証することも重要です。そのため、極渦内外での濃度差が大きく、化学的な変化が非常に小さいN2O(亜酸化窒素)の濃度を、人工衛星による観測値と比較し輸送の検証を行いました。図6に600K(高度約22~24km)の等温位面上における北極域のN2O混合比の時間-経度変化の比較と代表的な時期におけるN2O水平分布の計算値を示しました。期間は1997年4月1日からILAS観測が中止される6月30日までです。5月10日以前には、安定した北極渦の内部に低濃度のN2Oが安定して存在しています。一方、5月10日の極渦崩壊後は、極渦内にあった低いN2O濃度を示す空気がちぎれてバラバラになりますが、そのうちのいくつかは、その後数カ月間にわたって周囲の空気となかなか混じらずに穏やかな夏の成層圏中を漂う様子がよく再現されています。これによりモデルの物質輸送過程の妥当性が確認され、また水平拡散の時定数など観測データだけからは導き出すことが難しい知見を得ることもできました。

図6 600K等温位面上のN2O体積混合比
 (A)時間-経度断面。1997年4月1日から6月30日のILAS観測値(上)および計算結果(下)。(B)化学輸送モデルによって計算された北極渦の安定時(左:5/1)、崩壊直後(中:5/13)、崩壊後(右:5/28)における水平分布図。図中の紫点はILASの観測地点を表す。
ppbv: 体積混合比10億分の1
温位: その場所の空気を断熱的に地上気圧に圧縮した場合の温度(絶対温度:K)
ILAS: 極域成層圏のオゾンを監視・研究するために、環境省(旧環境庁)が開発し、地球観測プラットホーム技術衛星ADEOSに搭載された大気センサー

 次に、化学気候モデルで計算されたオゾン分布の検証を行いました。化学気候モデルに20世紀後半のフロンガス濃度などを与えて20世紀後半の再現実験を行い、その結果を観測データと比較しました。化学気候モデルの場合、気象場もモデルが計算しますので、日々の大気現象の持つカオス的性質のために図5のように実際に観測された日々のオゾン変化を再現することは困難です。したがって、ある程度の期間で平均した値の検証を行うことになります。図7に1990年代の平均した緯度平均オゾン全量の観測値と化学気候モデル計算値の時間-緯度分布を示します。モデルはオゾン全量の緯度分布と時間変動の様子をよく再現していることがわかります。こうした再現性はモデル開発の進展(たとえば、大気の球面形状効果や臭素化合物の導入など)や計算機性能の向上に合わせて改善されてきており、今後もさらなる再現性の向上が期待されています。

図7 経度平均オゾン全量の時間-緯度分布
 (上)人工衛星(TOMS)の1990年代平均。極夜時のデータはないことに注意。(下)化学輸送モデルによる20世紀後半再現実験の1990年代平均値。極夜時は白抜きで等値線のみを表示。

成層圏化学気候モデルによるオゾンホールの回復予測について

 化学気候モデルを使って将来のオゾン層変化を調べました。化学気候モデルには、フロン類や二酸化炭素をはじめとする温室効果気体、さらには海面水温や太陽放射を入力するデータとして用いて、1970年代後半からのオゾン層変化について数値実験を行いました。

その結果、

a.1980年から1990年代半ば
観測されたものと同様なオゾンホールの面積の拡大、オゾンホール内におけるオゾン全量の最低値の大幅な減少

b.1990年代半ばから2010年代半ば
大規模なオゾンホールの出現が持続

c.2020年代
オゾンホールの面積が縮小し、オゾン全量の最低値も増加しオゾンホールは回復基調

d.今世紀半ば頃
南極のオゾン層は1980年レベルに回復

 —との予測が得られました(図8)。

 今回のモデル計算から、オゾンホールの回復には大気中の塩素、臭素量の減少が不可欠であり、オゾン層保護対策は有効に働いていることが示されました。

 また、モデル実験結果は、オゾン層は今後数十年にわたって脆弱な状況が続くことを示しており、モデル計算に用いた以上のフロンやハロンの使用・放出がなされた場合には、オゾンホールの回復はさらに遅れるものと予測されています。

図8 化学気候モデルを用いた数値実験から予想されるオゾンホールの変化