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研究者に聞く

Interview

米元純三の写真
米元純三
国立環境研究所・総合研究官

 「環境中の『ホルモン様化学物質』の生殖・発生影響に関する研究」に取り組んだ責任者である米元純三さんに、今回の研究のねらい、成果、エピソードなどを聞いてみました

研究の目的について

  • Q:研究のねらいは何でしょう
    米元:近年、環境中の化学物質の人体へのさまざまな影響が心配されています。化学物質の毒性は急性毒性、慢性毒性があり、急性毒性は事故などで高濃度の化学物質を浴びたり吸い込んだりして起きます。慢性毒性というと水俣病などの公害病に代表されるように、低濃度長期曝露が影響を及ぼします。一方、今問題視されている環境ホルモン問題は、信じられないほど低い濃度が影響するといわれています。とくに個体の発生時期に大きな影響を及ぼします。人でいえば胎児や乳児への影響がクローズアップされ、その解明のため、われわれもやらなければという気持ちは十分ありましたし、ちょうど国立環境研究所にダイオキシンの動物実験を行える研究施設が完成したということもありました。ダイオキシンも環境ホルモンとしても注目されている物質ですから。

研究の内容について

  • Q:それでは研究報告書の中身についてお聞きします。まず「胎盤機能への影響について」です。胎盤のグリコーゲン量が多いと胎児の死につながるとして、一つの指標になりそうなことが書いてありますがいかがですか?
    米元:直接的な因果関係はよくわかっていません。正常なラットの場合、胎盤のグリコーゲン細胞は、妊娠16日頃から後期にかけてだんだん減って行きます。しかしダイオキシン投与群は、それが起きなかったり遅れたりします。さらに、たとえ妊娠15日以前、たとえば妊娠10日ぐらいに投与しても子宮内の胎児の死亡が起きるのは後期です。つまりダイオキシンによる胎児への直接的な影響ではなく、なにかしら胎盤機能が関与している可能性があるのです。

     ダイオキシンを投与した時の胎盤の変化は、グリコーゲン細胞が一番特徴的だったんです。でもこの場合はかなり高い投与量の1600ngでしか影響が出ていないので、鋭敏な指標ではないという見方をしています。
  • Q:雄の生殖器への影響についてはいかがでしょうか。低用量のTCDDは精巣発達および精子形成に対してあまり影響を及ぼさないという結果でしたよね。従来の報告では影響を及ぼすという結果が多かったように思うのですが。今回の実験結果をどうみたらいいのでしょうか?
    米元:今回の実験では、妊娠15日に投与しています。ラットに限りませんが、受精から誕生まで受精卵はものすごく複雑な変化を超スピードで行っているのです。分裂してそれぞれの体の器官が作られるタイミングをちょっとでも外すと、もう影響は出なくなってしまう。分化したら戻らないんですね。特徴的な影響を出すためにはまさにホルモンなり酵素が出るタイミングに、環境ホルモンが存在してないといけないわけです。

     ですから今回の実験は、タイミングがこれまでと少し違っていたのか、あるいはラットの種類や餌などが微妙に違っていた可能性もあります。でも今回の結果が他の研究と矛盾するわけではありません。実験では前立腺に一番影響が見られたわけですが、他の報告でも前立腺の感受性の高さを指摘しています。それは同様に見られました。

     ですから私は実験の結果として、ラットの生殖器官の中ではやはり前立腺が一番感受性が高くて、精巣、精子形成というものはそれに比べると少し感受性は弱いのではないか、そういったことがタイミングとか実験条件で、われわれの場合はその差がはっきり出てしまった。このように考えています。
  • Q:ダイオキシンの内分泌撹乱作用はエストロジェン作用が多いのですか?
    米元:どちらかといえば抗エストロジェン作用が多く報告されています。たとえばマウスですと乳がんを抑える作用があります。
  • Q:雄に対してはいかがですか?
    米元:今回の実験では抗アンドロジェン作用といってもよいのかなという気もします。これまでの報告では必ずしもテストステロンが下がるという報告はないですね。むしろ、発生の段階で生殖器官の分化、そういったところのホルモンの働きに影響を与えると考えられています。たとえばほ乳類の生殖器官の基(もと)は雌が基本形です。雄になるためには、将来、雌の生殖器官になるミューラー管の発達を抑える物質の分泌が必要なのですが、その分泌を抑えたり、その分泌に関連するホルモンに影響を与える。レセプターを抑えることによって男性ホルモンに対する感受性を下げてしまう。そういったいろいろな要因が考えられるわけで、必ずしもアンドロジェンだけでも説明できません。

肛門-生殖突起間距離(ペニスの長さ)について

  • Q:肛門-生殖突起間距離への影響について、「用量依存的減少を示した従来の報告と同様」となっていますが、これはダイオキシンが多いほどペニスが小さい、と理解してよろしいのですね。
    米元:はい。われわれの雄性生殖器官への影響の中では、一番低い用量(50ng/kg)で有意な影響が出ましたから。
  • Q:50ng/kgというのは、人間にたとえればどのくらいの量になりますか?
    米元:人の摂取量に換算すると21.5pg/kg/日ぐらいです。日本人の場合1日に2.1pg/kgぐらい摂取しているといわれていますから、その10倍ぐらいということになります。
  • Q:ところで赤ちゃんは100pg/kg/日ぐらい摂取してますよね。
    米元:ええ、100pg/kg/日ぐらい取っています。
  • Q:赤ちゃんは、普通でもその数字を超えている。肛門-生殖突起間距離は、胎児の段階に影響があるわけですから。母親が少し高用量のダイオキシンに曝露されていると、男の子にそういう影響は有意に出る可能性がある?
    米元:それはありますが、一概には決めつけられません。人とラットの感受性が違うからです。今のところいろいろな事例、実験結果、人の曝露、事故を考えると人の感受性は高くない。ほ乳類の中ではどちらかといえば鈍い方です。たとえばイタリアのセベソでは爆発事故の後に野生生物とか家畜はバタバタ死んでしまった。ところが人での死亡例はありません。工場の事故例でも、ダイオキシンが直接の原因で人が死んだという事例は今までありません。ですから今回の実験結果だけで影響が出ると断言はできないのです。

ダイオキシンの母体から子への移行

  • Q:ダイオキシンの母体から子への移行で、妊娠期より授乳期に多く移行しているという観察がみられています。胎児期の問題もさることながら、授乳期の影響が子供に出るのは大きな問題ですね。
    米元:生殖器への影響は胎児期の曝露の方が大きいと考えています。一方、甲状腺ホルモンへの影響は、子がその時持っているダイオキシン量に大きく関係しています。つまり授乳による量が非常に大きな影響を及ぼしていると考えられます。幼児の甲状腺機能障害や発育不良、とくに甲状腺ホルモンの影響によるのかも知れませんが、脳の発達の遅れですとか、場合によっては聴力に障害が生じるという報告もあります。
  • Q:実験では妊娠期のたった1回の曝露で子の甲状腺機能に不可逆的な影響を及ぼしたとありますね。
    米元:人では胎児期から生後2年ぐらいまで脳が発達します。脳・神経系の発達に甲状腺ホルモンは重要な役割を果たすといわれています。そこで甲状腺ホルモンが減少するとその発達に影響を及ぼす可能性があります。母乳中のダイオキシン類、PCB類が高いと血中の甲状腺ホルモンのT4濃度が低いという疫学的な調査もいくつかあります。オランダの調査では、3歳半ぐらいの子供の母親の母乳中のダイオキシン類の高いグループでは認知学習の能力が低いという報告があります。

     今回の研究ではダイオキシンの投与量が多いと甲状腺ホルモンが下がるという結果が得られています。それによって足りない甲状腺ホルモンを補うために甲状腺細胞形成の促進つまり甲状腺の過形成が起きています。そして甲状腺ホルモンの分泌が通常に戻ってもさらに過形成が続くといった現象が見られました。

     しかし、母乳中のダイオキシン濃度もだんだん減ってきていますので、それほど人へのリスクという面からは、あまり心配しなくてもいいのかも知れません。通常の食生活をしている場合には、今のところはそれほど大きな影響が起きるとは考えにくいです。
  • Q:確か研究報告書の中では、授乳期の方が胎児期に比べてダイオキシンの移行量が高いというように書いてありますけど、内分泌撹乱作用というのは用量だけでは把握できない部分があります。一定用量以下になってほとんど影響が現われなくなって、さらに低い用量でまた影響が現われることがある。それが内分泌撹乱物質の低用量効果として注目されていますが、そういう意味でいうと、母乳中のダイオキシン類の濃度が20年前の半分になったから影響はなくなる、心配は減るといえるのでしょうか。
    米元:低用量効果という概念から行くと、どこまで行っても安心はできないです。濃度が減っているから影響がないとはいえないわけですね。それに対するリスク評価をどうしたらよいかというところについては、今のところ何も用意されていません。そういった意味では、曝露量を極力減らす、というのは一つの対応であると考えられます。

エピソード、苦労談

  • Q:ダイオキシンを使った研究というとそのことだけでアレルギー反応を起こす人もいますが、さすがに研究所では問題なかったでしょうね?
    米元:ダイオキシンを使った動物実験は初めてだったんです。周りの研究者の反応については、やはり研究者のレベルでも、ダイオキシンという言葉が特別の響きをもって受け止められているのがよくわかりました。かなり皆さん神経質というか・・・
  • Q:ナーバスになる。
    米元:ええ。使っているダイオキシンの量は実験レベルで、しかも非常に少ない量です。投与量で1μg/kg以下です。TCDDを投与した母ラットから実際に生まれてきた子ラットに入っている量は、自分たち人間の体に吸収されている量よりもむしろ少ないにもかかわらずです。

     猛毒を扱っているには違いないのですが、「非常に危険なことをしている」「何かあったらどうするんだろう」というような非常に防御的な対応がありました。
  • Q:実際のところどうなんですか。
    米元:実際は、実験室は化学物質管理施設として全体が陰圧になっていて中の空気は外には出ません。また管理施設の中に焼却施設も持っています。それが施設の特徴なんですが、管理施設の中で出たダイオキシンを始めとする有害化学物質は、すべてその区域の中で完全に処分しています。また焼却後の排気は活性炭フィルターを通して外に出ます。排水も地下のプールに貯められて、そこから少しずつポンプで活性炭フィルターを通して研究所の排水溝に流して、それがまた研究所全体の排水処理施設に行って処理されており、二重に処理されています。つまり安全面ではとくに気を使っているわけです。
  • Q:ありがとうございました。今回の研究でなにが特徴的だったかを知ることができました。