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1.無機ヒ素

地下水の無機ヒ素汚染がインド、バングラデッシュ、中国をはじめとした世界各国で発生している。潜在的患者を含めた慢性ヒ素中毒患者は世界中で5000万人を超えるという報告もあり、大きな問題となっている3)。無機ヒ素による健康被害として顕著なものは皮膚障害で、また疫学調査の結果では発がん性が示されている3)。そのほか動物実験では、免疫抑制作用を含む種々の悪影響が報告されている。

本研究では、無機ヒ素投与マウスの胸腺で対照群と比較して21種類の遺伝子の発現が増加し、126種類の遺伝子の発現が減少した。これらの発現変動した遺伝子について、影響パスウェイ解析ソフトであるKeyMolnetおよびIngenuity Pathway Analysisを用いてパスウェイ解析を行った。その結果、無機ヒ素暴露が転写因子E2F1、およびE2F1によって発現制御される細胞周期進行に必要な遺伝子の発現を低下させることが明らかとなった。また胸腺細胞の細胞周期を測定したところ、実際に細胞周期の抑制が検出された。胸腺で細胞分裂し増殖している細胞の約90%は胸腺で成熟中のCD4+CD8+ 細胞(DP細胞)というポピュレーションで、残りの10%以下が最も未成熟なCD4-CD8-細胞(DN細胞)の中のDN3というポピュレーションである。ヒ素暴露したマウス胸腺では、DN細胞の中のDN1からDN4の4つのポピュレーションの細胞比は変化しないことから、ヒ素で細胞周期抑制をおこすのはDP細胞であることが示唆された。さらにマウスBリンパ球株を用いた実験でも、無機ヒ素によってE2F1や、その下流の細胞周期進行に必要な遺伝子の発現が低下し、実際に細胞周期抑制も観察された。最近、肝細胞株などで無機ヒ素がNrf2を活性化することが報告されているが4)、胸腺ではNrf2の標的遺伝子であるHO-1などの発現誘導は観察されないことから、免疫細胞ではヒ素はむしろE2F1に作用すると考えられた。すなわちヒ素によるE2F1の抑制が胸腺萎縮や、またリンパ球増殖抑制の原因となるという新たな影響経路が示唆された。

図  亜ヒ酸で発現が低下した遺伝子群ネットワーク

参考文献
3) 山内博 (2004) 分子予防環境医学、本の泉社、p.611.
4) He, X. et al. (2006) J. Biol.Chem. 281, 23620.

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