はじめに
ゲノミクスは、生命現象の基本となっている多種多様な遺伝子の構造や働きに関する網羅的な研究である。近年、遺伝子発現解析用マイクロアレイなどの関連技術や各種の遺伝子情報データベースの進歩・整備によって、ゲノミクス研究が大きく進展した。その方法論を用いた毒性影響研究、すなわちトキシコゲノミクスも毒性のメカニズム解析において成果を収めている。
さらにトキシコゲノミクスは、毒性の評価においても大いに期待される特徴を備えている。例えば、多くの動物実験を繰り返す代わりに遺伝子発現変化で網羅的、迅速に影響を検出できることや、影響が明らかに発現する前に遺伝子レベルで変化を鋭敏に検出、予測できる可能性が考えられる。WHO/IPCSによると、環境中には生体影響の検討が必要な化学物質が約5000種類存在するが、実際に生体影響が検討されているのは約300種類である。トキシコゲノミクスはこのように膨大な数の被験物質の影響検索を可能とするツールとしても期待される。しかし、環境汚染物質による遺伝子発現変化と生体レベルでの悪影響を対応づけた研究例はまだ多くは報告されておらず、トキシコゲノミクスによってどこまで生体の反応を予測できるか、その有効性の検証は今後の課題である。
分子細胞毒性研究室では、環境汚染物質の免疫系への悪影響をトキシコゲノミクスを用いて検出し評価する方法の開発をめざして研究を行っている。研究のストラテジーとしては、まず実験動物で悪影響が現れることが明らかになっている実験系(汚染物質、用量、標的臓器・細胞)について、影響の原因となる遺伝子や影響発現と密接に関連する遺伝子群を明らかにしたいと考えている。それらの遺伝子発現変化を指標として毒性を評価する計画である。そのために遺伝子発現変化の網羅的解析を行い、発現が変動した遺伝子群から影響経路を予測し、タンパクレベルでの検討を行って影響経路を実証したいと考えている。
ここでは、胸腺萎縮作用をもつ化学物質の遺伝子発現解析の例を紹介させていただく。
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