**********************

第1セッション「年代を測る−過去の環境変化の記録を求めて−」

講演者(柴田康行)による回答


Q.
 14Cについて(特に人体への影響)もうすこしくわしく教えてください。

A.
 14Cはβ線放出核種で、人体に多く摂取されればもちろんβ線に特有の様々な放射線障害を引き起こします。ただし、環境中に自然に存在する放射性核種はほかにもいろいろあり、14Cより強い放射線を出すものもいくつかあって取り組み優先順位としては高い核種ではありません。また、どのような化合物で取り込むかでも影響が異なってきます。申し訳ありませんが、このあたりを14Cを中心に紹介した適当な文献については、思い当たるものがありません。
 なお、中性子と窒素が反応してできることから原子炉の中でも少しずつ生成するほか、チェルノブイリ事故のような原子炉事故が起きれば、14Cも環境中に放出されます。ただし、放射能影響の面からいうと、ストロンチウム90とかヨウ素131などはるかに危険性が高い放射性核種が放出される問題の方が大きく、14Cの人体影響を特に注意しなければならないようなケースは(14Cでラベルした化合物による汚染事故のような事例を除けば)考えにくいと思われます。


Q.
 現在の14C/12C = 1.2×10-12であり、化石燃料(を燃やすと)は10-15のオーダーということですから、1/1000≒1/210となります。このことから、化石燃料が固定されたのが12Cの10半減期年前、すなわち57,300年前と計算され、石炭石油の生成年代としては新しすぎるように思えますが、いかがでしょう?

A.
 説明が不十分でしたが、現在の加速器質量分析法では前処理過程を含めたバックグラウンドレベル(例えば試料調製に使う試薬などに含まれている14Cとか、真空ラインを使って試料を処理している間に空気中から紛れ込んでくる微量の二酸化炭素に含まれる14Cの影響など)が14C/12C=10-15あたりにあり、どんなに古い試料を測定してもこれより低い濃度になりません。我々も試料処理の真空ラインを改良したり、いろいろな試薬をためしたり、いろいろと努力をしており、日本ではトップレベルの6万年前までバックグラウンドを下げてきていますが、これ以上はなかなか下がらないのが実情です。


Q.
 14C の測定についての講演に関連して、もう少し短い堆積年代を考えるためのPb210などについて、測定事例や活用方法を教えてください。

A.
 Pb210はご指摘のように数十年単位の堆積年代を測定するためによく利用されている核種です。ほかに、大気圏核実験による環境中への放出記録と比較して数十年前までの年代を決める方法として137Csを使う方法などもあります。最近では化学物質汚染の歴史的変化の解明例を利用して、特定の化学物質濃度の測定から年代を推定する場合などもあるようです。
 14Cでもそうですが、堆積物の年代を決める場合にしばしば問題となるのがいわゆる生物攪乱(バイオターベーション)です。一般に海や湖の底にはいわゆる底棲生物が棲んでいて、餌をもとめて絶えず堆積泥をかき混ぜながら生活しています。そのために表層からたとえば10cm程度の深さまではかき混ぜられていて、年代にも差がないし物質濃度も平均化されてしまっている場合が少なくありません。きれいなコアでは表層から10cm程度年代が変化せずそのあと古くなっていくという、こうした年代の傾向がはっきり見える場合も多いのですが、こうしたコアで化学物質分析を行うと、実際には各層毎に何年間かの平均化された結果を見ている、ということを十分認識した上で結果を必ずしも解析していないのではないか、と思われる事例を時々みかけます。


Q.
 14Cの分析でそんなことまで分かるのかということで非常におもしろく思いました。海洋生物と陸上生物の800年というギャップを深層海流で説明するのは非常におもしろいですが、食物連鎖などから考えるとすこし大きすぎるのではないでしょうか? 北太平洋のプランクトンなどは、今から800年前の炭素源を利用しているのでしょうか?

A.
 実はおっしゃる通りで、原理的にはプランクトンの利用する炭素源が今から800年ほど前のものだ、ということになります。ただし、時間がなく説明を省かざるを得ず、質問があれば説明するつもりでいたのですが、現在は1950年代から60年代半ばにかけて行われた大気圏核実験の際に生成した14Cが世界の海洋に広がっており、自然の状態がわからなくなっているので、この海洋リザーバー効果の状態を直接知ることができません。海洋リザーバー効果を調べるためには、1950年より前に作られた(または採取された)試料に遡らなければなりません。
 世界の海で海洋リザーバー効果を調べる研究の目的の一つは、自然の14Cのレベルを明らかにした上で核実験で加わった14Cの量を世界のいろいろな場所で明らかにすることにより、地球上の炭素循環の様子をより詳細に定量的に明らかにして、温暖化防止対策立案などに役立てることにあります。
  ちなみに、深海でモクモクと煙をだす熱水噴出口をテレビなどでご覧になったことがあるのではないかと思いますが、そこからは古い年代を持つメタンが噴出しており、それを主な炭素源とする生物がその周辺に暮らしていて、熱水噴出口周辺に生きていた生物の14C年代を測定したところ1万年以上前の古い生物という結果になった(現在生きているにもかかわらず!)、という報告があります。


Q.
 ダイオキシンの発生起源も14Cでわかるのでしょうか?

A.
 原理的には大気粉じんの起源の探求と同じ考え方でできるはずですが、残念ながらその中の14Cを測定できるほどたくさんのダイオキシンを環境中から集めて精製することが今の技術ではできません。ご存じのようにダイオキシンはpptという単位で測定されるほど、極わずかしかない(逆にいえばそれだけ毒性が強く、低いレベルが問題になる)物質です。例えば土壌中に1ppt存在するとすると、土壌1kgの中には1ngのダイオキシンがあることになります。加速器質量分析法を使っても、できれば1mgの試料が欲しいところなので、これだけのダイオキシンを集めようとすれば、土壌は1000t必要、ということになります。1000tはおろか1tでも実行不可能で、実際には1kgでも抽出してダイオキシン以外の物質を取り除くための作業を行うことは極めて困難です。特に加速器質量分析法で測定するためには他の物質を含まない、完全にダイオキシンだけの状態にすることが必要ですが、これはまだ実現されておらず、特殊な技術の開発が必要と思われます(通常ダイオキシン濃度を測定する場合には、ガスクロマトグラフという分離手段と質量分析計という検出器をつなげて行いますが、実は質量分析装置でダイオキシンのピークだけを取り出して測定しています。ガスクロマトグラフで分離しても、実際にはダイオキシン以外の様々な化合物が同じ場所に重なってでてきており、その中からダイオキシンに特徴的な質量分析のピークだけを選んでいるわけです)。
  ダイオキシン類は現在の環境汚染物質の中でも最も取り組み優先順位の高い物質で、我々もなんとか起源を定量的に明らかにする手がかりを得たいと思っています。上記の理由ですぐに取り組むことは残念ながら難しいのですが、ダイオキシンといっしょにできるようなより量の多い物質を選んで14C測定を行うことで、間接的にダイオキシン類の発生源を探ったりできないかと、考えています。また、将来の適用を考えて、1mgよりも少ない量で14Cを測定する試みも行っており、最も少ない量として0.0001mgの二酸化炭素の中の14Cを検出するところまできています。実用的に使うにはまだまだ改良すべき点が多く残されていますが、少しでも実現の方向に持っていきたいと思っています。


 topへ