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2016年11月9日

米国の大統領選挙の影響は?

 今朝は、リヤド(宿)でもCOP22会場でも、話題にすることは皆同じでした。米国の大統領選挙の結果についてです。皆さんご存じの通り、共和党候補のドナルド・トランプ氏が、クリントン氏優勢の前評判を覆し、次期米国大統領の座を射止めました。

写真1:トランプ・タワー(米国・ニューヨーク)。2016年3月に、筆者がニューヨークを訪れた時に撮影したものです。

 トランプ氏は、選挙期間中、「(地球温暖化は)米国の製造業の競争力を弱めるために、中国が作り出したものだ」などとして、パリ協定からの米国の脱退や再交渉を主張してきました。米国内の温暖化対策についても、オバマ政権が米国内の温暖化対策の中核として導入を決めた火力発電所に対する新たな排出規制に反発し、国内の石炭産業の保護を優先する考えを明らかにしてきています。このため、トランプ氏が大統領に就任した後、パリ協定はどうなるのか、米国の温暖化対策はどうなるのか、そして、世界第2位の温室効果ガス排出国である米国の温暖化対策が消極的になったら、他国、とりわけ中国等の温暖化対策や交渉姿勢にも悪影響を及ぼすのではないか、などと皆心配しているのです。

写真2:米国大統領選翌日、COP22会場の食堂前にて、アピールする市民団体。トランプ次期大統領の温暖化政策とそれがパリ協定に与える影響に懸念を示し、“すべての人々がより大きな責任感を持って温暖化対策に取り組むべき”と訴えています。

 米国は、2016年9月3日にパリ協定を締結しています。トランプ氏の大統領就任後、同氏の主張するように、米国はパリ協定を本当に脱退するのでしょうか?また、それは可能なのでしょうか?

 パリ協定には、脱退に関する規定があります(第28条)。パリ協定第28条1項によれば、「この協定が自国について効力を生じた日から3年を経過した後いつでも、寄託者に対して書面による脱退の通告を行うことにより、この協定から脱退することができ」ます。つまり、パリ協定の発効から3年経つまでは、どの国もパリ協定を脱退することはできないということです。

 また、パリ協定の発効から3年経った後でも、“脱退します”という書面を提出したからといって、その日のうちに脱退できるというわけではありません。パリ協定第28条2項には、「(脱退は、)寄託者が脱退の通告を受領した日から1年を経過した日又はそれよりも遅い日であって脱退の通告において指定されている日に効力を生ずる」とあり、書面での通告から実際に脱退するまでには、最短で1年かかります。

 つまり、脱退するには、最短で、2016年11月4日の発効から3年+脱退の通告から1年かかるということですので、米国は、トランプ次期大統領の4年の任期が終わる頃にならないと、パリ協定を脱退することはできません。

 ただし、パリ協定第28条3項には、「条約から脱退する締約国は、この協定からも脱退したものとみなす」という規定があります。気候変動枠組条約の脱退に関する規定は、パリ協定と同じ、すなわち、発効から3年は脱退できないこと、そして、通告から脱退まで最低1年はかかる、という内容です。気候変動枠組条約の発効からは20年以上経過していますので、米国は、トランプ次期大統領の就任後すぐに気候変動枠組条約からの脱退の通告をし、最短で1年で脱退することが可能で、そうすると、気候変動枠組条約の脱退と同時に、パリ協定からも脱退することになります。しかし、気候変動枠組条約を締結した時の大統領は、トランプ氏と同じ共和党のブッシュ元大統領(父ブッシュ)ですし、パリ協定の場合とは異なり、上院が同条約の締結を承認しています。米国は京都議定書を締結していませんが、それでも、気候変動枠組条約からの脱退が公に議論されることはなかったはずです。これもあまり現実的な選択肢とはいえないでしょう。

写真3:COP22会場前にある看板。COP22のロゴと共に、「行動を起こすべき時」というメッセージが掲げられています。

 パリ協定や気候変動枠組条約から米国が脱退しないとしても、米国の温暖化対策が著しい消極姿勢に転じれば、世界全体の温暖化対策の停滞につながりかねません。トランプ次期大統領は、環境保護庁(EPA)の政権移行チームのリーダーに、温暖化懐疑論者のマイロン・エベル氏を指名しています。

 まず、パリ協定は、自国で温暖化対策の目標を決めて、その達成に向けて温暖化対策を進めていき、その目標が達成できなくても、罰則のようなものはない、という仕組みになっています(なお、このような仕組みになった大きな理由のひとつは、米国がパリ協定を締結しやすいようにと配慮したためです)。トランプ次期大統領が、パリ協定に残りつつ、オバマ政権が設定した目標をほったらかしにすることは十分に考えられます。

 また、オバマ政権は、昨年のCOP21より前に、中国やインドとの間で、温暖化対策を進めるための二国間の合意を積み重ねてきました。これらの合意がパリ協定の成立につながりました。パリ協定の早期発効を主導したのも、米国、中国、インドです。米国の温暖化対策が著しい消極姿勢に転じた場合、中国やインドがどのように対応するか、そして、それらが世界全体の温暖化対策に及ぼす影響も大いに心配されるところです。

 トランプ次期大統領の政策が米国や世界の温暖化対策に与える影響については、これからいろいろな分析が出てくるでしょう。また、COP22期間中に、米国政府代表団からこの件に関する発言があったら、現地レポートでも紹介したいと思います。

文・写真:
久保田 泉(国立環境研究所社会環境システム研究センター主任研究員)


※全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)ウェブサイトより転載