琵琶湖のコイ


琵琶湖にすむ2タイプのコイ

コイの放流が大量に行われるようになった明治時代以降、日本の河川や湖沼には体型の異なる2タイプのコイがいるといわれてきました。比較的細長い「野生型」と、体高の高い「飼育型」のコイです。私達の研究グループによる、ここ15年のDNA調査により、野生型は日本にもともといる在来のコイ(日本固有のコイ。以下、在来コイ)、飼育型はユーラシア大陸から人為的に導入された外来のコイ(以下、導入コイ)であることがわかりました。

また、国内のほとんどの湖沼では在来コイと導入コイの交雑が進んでいますが、琵琶湖の沖合深層(水深20m以深)では例外的に、導入コイとの交雑があまり進んでいない純粋に近い在来コイが多数生息していることもわかっています。このような状況から、琵琶湖の在来コイは、環境省のレッドリストでは「絶滅のおそれのある地域個体群(LP)」に、滋賀県版レッドデータブックでは「希少種」とされています。

琵琶湖在来コイの一年と謎

琵琶湖の在来コイの生態については、まだ分かっていない部分が多いですが、大まかには次のように理解されています。

・春(3〜6月)
沿岸のヨシ帯や水路・水田に入って産卵する
・夏から秋(7〜11月)
沿岸で採餌する
・冬(12〜2月)
沖合に移動し、越冬する

このうち、かれらの生活を私たちが直接目にできるのは、沿岸ヨシ帯や水路などに入り込んでくる春の産卵期だけです。夏から秋、および冬の生活については、漁で網にかかる場所や時期から想像されているのみで直接観察された例はほぼなく、「産卵期以外に、在来コイはどこでどのような暮らしをしているのか?」というごく基本的なことさえ、まだ確実には分かっていないのが現状です。

コイの生活史
図1. 琵琶湖の在来コイの1年(イラスト:石橋亜樹)
私たちが在来コイを目にするのは、かれらが産卵のために岸に近づく春~初夏に限られる。かれらが広い琵琶湖のどこで、どのように暮らしているかはほぼわかっていない。画像出典:滋賀県立琵琶湖博物館(2007)「琵琶湖のコイ・フナの物語~東アジアの中の湖と人~」

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「かたち」から想像される暮らしぶり

琵琶湖で暮らす在来コイの形態には導入コイとは異なる特徴があり、そこから在来コイ特有の生態を想像することができます。

琵琶湖でとれたコイについて、各個体の交雑の程度と形態的特徴とを比較解析した研究からは、純粋に近い在来コイほど腸が短く、また、浮き袋と食道を結ぶ気道弁が太く発達していることも分かっています。魚類の一般的傾向として、植物食性が強いほど腸が長くなるので、在来コイは導入コイより肉食性が強いと想像されます。また、太く発達した気道弁は、急に深場へ移動して水圧が増した時に浮き袋から口外へ気体が漏れることを防ぎ、再上昇するときの浮力を保持すると考えられます。このような気道弁を持つ在来コイは、短時間で深場と浅場を行き来(深浅移動)する生活に適応していると推察できます。

琵琶湖の在来コイは、このような形態的特徴から、遊泳性の動物(小型魚類やエビなど)を、深浅移動を伴うダイナミックな遊泳活動により捕食している姿が想像されます(浅場ではルアーに食いつく事例も知られています)。そこで私たちは、動物装着型のビデオカメラや行動・深度記録計を用いて、これまで見えなかった琵琶湖沖合での在来コイの生活の様子を明らかにしようと取り組んでいます。

ほかの生物とのかかわり

コイ目線の水中映像には、琵琶湖でくらす様々な生き物の姿が映っています。表層近くでゲンゴロウブナの大群がぱくぱくと口を動かしながら泳いでいたり、浅場でじっとしている目の前をカマツカやヨシノボリがちょこまかと動き回っていたり、あるいは、別のコイが一生懸命に砂を掘ってエサを探していたり・・・。

こうした野生の魚たちの自然な生態や、その場に居合わせたコイ自身の行動を映像として記録することで、私たちが直接見ることは難しい、琵琶湖でのかれらの暮らしぶりや他の生物とのかかわりを明らかにしたいと考えています。

コイ目線の琵琶湖の様子を表した絵
イラスト:きのしたちひろ