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第17回 つくばE3セミナー(2019年2月22日@国立環境研究所 中会議室 研究本館II 3階)

講演1
タイトル:我が国の水産資源の漁獲制御ルールについて
講演者:〇岡村 寛・市野川桃子(中央水研)

要旨:70年ぶりの漁業法改正が成立し、我が国の漁業管理は岐路に立たされている。これまでの我が国資源の漁獲枠の評価においては、資源評価の結果をそのまま利用し、その不確実性については十分な考慮がなされてこなかった。また、明確な管理目標が存在せず、現状維持を目指すといったものになりがちであったため、非効率・不安定な管理に陥りがちであった。我々は、明確な管理目標に基づき、不確実性を考慮した、新しい漁獲枠決定方式を考案した。我が国資源を模倣したシミュレーション試験によって、従来の我が国で用いられてきた方式や米国で採用されている方式と比較した結果、新方式が様々な評価軸に対してバランスがとれていて、より合理的な管理方式になっていることが確認された

講演2:
タイトル:家系生態学:血縁情報から集団構造や繁殖生態を解明する新しい理論 
講演者:秋田鉄也(中央水研)

要旨:ゲノム解析技術の発展に伴い、ゲノム情報から生態学的な問いに挑戦することが可能になってきた。近年、近親標識法と呼ばれる新たな方法論が出現したことで、ゲノム情報を生態学へ応用できる範囲が格段に広がりつつある。この方法論は、「放流した“標識”がサンプル中に見出されやすいほど、集団サイズは小さい」ことを利用した標識放流再捕法の応用である(1)。すなわち、ゲノム情報をもとに検出される遺伝的な近親関係を“再捕”とみなし、集団構造や繁殖生態に関する情報を推定する方法であり、主に水産資源解析の文脈において発達してきた。本講演では、この新しい理論の応用例や、既存の集団遺伝学理論との関係性について議論する。さらに、サンプル中の近親関係から計算される、次世代への貢献度の過分散を検定する統計量(2)や、集団サイズの不偏推定量(3)についても紹介する。 1: Bravington, M. V., Skaug, H. J. & Anderson, E. C. Close-kin mark-recapture. Stat. Sci. 31, 259-275 (2016). 2: Akita, T. Statistical test for detecting overdispersion in offspring number based on kinship information, Population Ecology 60, 297-308 (2018). 3: Akita, T. Nearly unbiased estimator of adult population size based on within-cohort half-sibling pairs incorporating flexible reproductive variation, bioRxiv

講演3
タイトル:環境DNAメタバーコーディングのための多種サイト占有モデルとサンプリングデザインの最適化 
講演者:〇深谷肇一・今藤夏子・角谷拓(国環研 生物・生態系環境研究センター)

要旨:環境DNAに対してメタバーコーディングの技術を応用することにより、群集レベルの迅速な種検出が可能となる。環境DNAによる種検出は非常に高感度ではあるものの、野外でのサンプリングから室内での遺伝子実験に至る複数の段階で偽陰性の検出誤差が生じうることも分かっている。本研究では、環境DNAメタバーコーディングから得られるリードデータ(反復多項計数データ)から、偽陰性検出誤差を考慮して効率的に種の占有状態を推測するための枠組みとして、ゼロ過剰ディリクレ多項分布を用いたサイト占有モデルの拡張を提案する。さらに、ベイズ決定分析の考え方を応用することで、サンプリングデザインの最適化に提案モデルを役立てられることを示す。

講演4:
タイトル:気候変動によるマサバ太平洋系群の産卵場の北上と産卵期間の延長
講演者: 〇金森由妃・高須賀明典・西嶋翔太・岡村寛(中央水研)

要旨:気候変動に伴い繁殖期が早くなりつつあることは、多くの研究によって報告されている現象であるが、いくつかの研究課題は残されたままである。一つ目に、長期モニタリングの費用(時間)対効果の低さや卵稚仔を用いた種同定の難しさにより、海洋生物を対象とした研究が限られていることである。二つ目に、気候変動は生物の分布にも影響を与えるため、繁殖期に移動する動物では、繁殖のタイミングと場所の変化を同時に定量評価する必要がある。我々はこれらの課題を、マサバ太平洋系群の40年間の産卵量データに対して時空間モデルを適用することで取り組んだ。その結果、産卵の開始は40年間で早くなることはなかったが、産卵の終了が遅くなることで産卵期間が延長していることが分かった。また、2000年以降、産卵場は北に移動しつつあり、この変化は水温の上昇によって生じていることが分かった。これらの結果から、気候変動に伴う環境の変化は繁殖のタイミングと場所の両方に対して同時に影響をしており、時間と空間の両側面に着目することの重要性が示唆された。

講演5:
タイトル:日本における広域的に分布する海鳥種の長期的減少
講演者:先崎理之(国環研 生物・生態系環境研究センター)

要旨:世界における海鳥の個体数は長期的に減少しており、全海鳥種の半数が絶滅の危機にある。海鳥の長期的な個体群動態の理解は、効果的な保全対策を探る上で重要である。そこで本研究では、我が国で繁殖する海鳥の繁殖記録を集積した日本海鳥コロニーデータベースと状態空間モデルを用いて、過去30年における国産海鳥10種類の国レベルでの個体群増加率を調べた。その結果、6種(アホウドリ、コシジロウミツバメ、ヒメウ、ウミウ、ケイマフリ、ウトウ)では、増加しているか減少傾向がはっきりしなかった。一方、2種類の絶滅危惧種(エトピリカ、ウミガラス)に加えて、従来個体数が多いと思われていた2種類(オオセグロカモメ、ウミネコ)は減少しており、その個体数は過去30年間で3〜35%にまで減少していた。これらの結果は、我が国に広域的に分布する海鳥種の長期的減少の初めての証拠であり、絶滅危惧種だけでなく広域分布種の保全の在り方を議論する必要性があることが明らかとなった。

講演6:
講演タイトル:資源量と文化的習慣の地域差にもとづく山菜・薬草の空間的に不均質な利用
講演者:小出大(国環研 生物・生態系環境研究センター)

要旨:天然物の山菜・薬草資源の利用供給バランスを明らかにするため、市場での販売に基づく生産統計データと、種分布モデルから推定した潜在的な資源の供給可能量の比較を行った。その結果、全国的には過少利用傾向であり、中でも森林面積の大きな県で過少利用が顕著で、森林の豊富な資源量に対してアクセス制限などによって利用が追いついていない状況が示唆された。逆に雪の多い地域ではこうした資源をよく利用できており、雪国における歴史的な山菜・薬草利用の文化的習慣が影響していると考えられた。これらの結果は、社会的、気候的な要因に伴って生態系サービスの利用供給バランスが空間的に異なっていることを表すものであり、過剰利用の懸念や未利用資源の開発など、持続可能な生態系サービスの利用にとって有用な視点をもたらすものといえる。

講演7:
タイトル: 因果の量的な/質的な議論のための"GUI":バックドア基準の入門とその使用例
講演者: 林岳彦(国環研 環境リスク・健康研究センター)

要旨:生態学や環境科学の分野では依然として、調査観察データを用いた因果効果の推定において交絡への対処が軽視されていることが多い。その理由としては、(1)「予測のため/真理探求のため/介入効果推定のため」のデータ解析におけるそもそもの目的の違い、(2)交絡の調整のために何が目指されるべきか(達成されるべき理論的条件)、および(3)交絡の調整のために何を行うべきか(適用すべき解析手法)、のそれぞれの理解がこれらの分野において浅いままに留まっていることが挙げられる。本発表では、(2)の「交絡の調整のために達成されるべき理論的条件」について、特にその現象の背後にある因果的(関数的)構造との関連の上で明示化するものである「バックドア基準」の要約的解説を行う。また、化学物質の生態リスクの文脈におけるバックドア基準および関数的(構造的)因果モデルに基づくアプローチの適用事例を紹介する。

講演8:
タイトル:複数の地域における調査データが交わって絡まって生まれるバイアス:ニッケルの生態リスク評価を例に
講演者:竹下和貴(国環研 環境リスク・健康研究センター)

要旨:生態学分野の野外調査において、サンプルサイズを増やすことと、調査が複数の地域に跨ってしまうことは切っても切り離せない。 しかし、野外調査データが複数の地域で収集されたデータから構成される場合、「地域」が交絡因子となって擬似相関が生じてしまう場合がある。 本発表では、ニッケルの生態リスク評価を目的に8つの府県で収集された河川調査データを例に、交絡因子を適切に調整しながらニッケルが河川の底生動物群集に与える因果効果を推定し、従来のような(交絡因子を調整しない)相関分析に基づいたリスク評価の危うさを紹介する。

講演9:
タイトル:水田の殺虫剤はアキアカネを減らしているのか?―北陸地方における近年の野外調査データを用いた因果効果の推定
講演者:〇1中西康介・2上田哲行・1横溝裕行・1林岳彦(1国環研 環境リスク・健康研究センター, 2石川県立大学)

要旨:1990年代後半、水田の普通種であったアキアカネが日本各地で激減したことが報じられた。その理由として疑われているのが、同時期に水田の育苗箱施用剤として普及したネオニコチノイド系とフェニルピラゾール系の浸透移行性殺虫剤である。しかし、解析可能な当時のアキアカネ個体数の時系列データは1例のみであり、因果関係の推定は困難であった。そこで本研究では、北陸地方4県で実施した野外調査によって得た2009年から2016年までのアキアカネの個体数データを利用し、水田の主要な育苗箱施用剤の各年の使用量との関係を解析した。

講演10:
タイトル:動物の体サイズと種子体内滞留時間のアロメトリー関係:種子散布の形質ベースモデリングに向けて
講演者:〇1吉川徹朗・2川上和人・2正木隆(1国環研 生物・生態系環境研究センター、 2森林総合研究所)(国環研 生物・生態系環境研究センター)

要旨:種子散布は、さまざまな動物により担われている重要な生態的機能・生態系サービスである。種子散布は気候変動に対する植物の応答において決定的な働きを果たすため、そのパターンのモデリングが求められている。動物が種子を飲み込んでから排出するまでにかかる時間、種子滞留時間(seed retention time; 以後SRT)は、種子散布のモデリングの上で決定的なパラメーターだが、これと動物形質との関係はこれまで明確にされてこなかった。演者らは世界中の鳥類・哺乳類などのSRTデータを網羅的に収集し、分類群ごとに体サイズとSRTのアロメトリー関係を求めた。これらの結果を紹介し、今後の種子散布のモデリングのあり方について概観したい。

講演11:
タイトル:植物個体群の個体と繁殖価の流れ:個体群行列データベースCOMPADREを用いた解析
講演者:横溝裕行(国環研 環境リスク・健康研究センター)

要旨:植物個体の生存率や種子数などの野外調査データに基づいて構築される個体群行列から、個体群増加率や平均余命などの個体群統計量を求めることができる。その個体群統計量から、個体群の生態学的特徴や保全・管理に必要な情報を得ることができる。私たちは、新たな個体群統計量となる「個体の流れ行列」と「繁殖価の流れ行列」を開発した。これらの二つの行列の要素の和は個体群増加率に等しくなるという特徴を持っている。そのために植物個体群のそれぞれの齢やステージ間の推移が、どの程度個体群増加率に寄与しているかを知ることができる。本研究は、個体群行列に関するデータベース(COMPADRE)を用いて、「個体の流れ行列」と「繁殖価の流れ行列」を計算することによって、生活史で分類した機能群ごとの繁殖・成長・滞留に関する生態学的特徴を明らかにした。